幼馴染への三度目の失恋を回避したい ――激重な片思いを隠さなくなってきた彼に、心臓がもたなくなってきた彼女。
第11話
一泊二日の合宿を無事に終え、自宅のドアを開けた。
帰りのバスは、疲れからずっと熟睡していたので、酔わずに済んだ。
「……ただいま」
疲労からくる怠さのまま小声で呟く。
スニーカーを脱ぎながら何気なく視線を下ろした瞬間、ピタリと動きを止めた。
既に仕事から帰宅している母さんのパンプスの横に――見慣れたローファーが行儀よく並んでいたからだ。
「あ! なっちゃん、おかえり〜!」
廊下の奥から、ここが我が家であるかのようにリラックスした声が響いてくる。
「……なんで俺より先にいるんだよ」
リビングの扉を開けながら、気の抜けたツッコミを入れる。
テーブルには――母さんと談笑するめぐみがいた。
「なっちゃん、遅かったね。またバスケ部で駄弁ってたでしょ〜」
そう言って、顔の前に大きな箱を掲げてみせた。
宿泊施設の売店に積まれていた、ご当地クッキーだ。
「これ! なっちゃんママに届けにきたの。なっちゃん、おうちにお土産買ってなさそうだなーと思って」
「めぐちゃん、わざわざありがとう〜。さすが、女の子は気が利くわあ」
母さんはそれを受け取りながら、チラリと恨みがましい視線を送ってくる。
たしかに中学生以降、僕が家族への土産を買って帰った記憶はない。
テーブルの上には温かい紅茶が淹れられており、爽やかなアールグレイの香りと、クッキーの甘いバターの匂いが、ふわりと漂っていた。
◇
「あ、そういえば。あの荷物どこにやったかしら……」
何かの用事を思い出したのか、母さんは独り言を呟きながらリビングを出て行った。
二人きりになったタイミングを見計らって、足元に置いていたリュックのジッパーを開けた。
ガサゴソと中を探って手のひらサイズの小さな箱を取り出すと、無言でめぐみの目の前にスッと差し出した。
「?」
めぐみは不思議そうにパチパチと瞬きをしながら、箱と僕の顔を交互に見比べる。
これも同じ売店に売っていた、少しだけ高価なご当地チョコレートだ。
「……やるよ」
そっぽを向いたまま短い言葉を投げると、「えっ? 私に?」と人差し指で自分を指し、目をまん丸にした。
「……光くんとでも食べたら」
照れ隠しから、咄嗟にめぐみの兄の名前を盾にして誤魔化す。
すると次の瞬間、その顔にパアッと花が咲いた。
「えーっ! これ、すっごく美味しそうで気になってたけど、量が少ないから迷って諦めたやつ! もらっていいの!?」
キラキラと輝く瞳に、小さく頷く。
「ありがとう〜! やったあ!」
椅子の上で弾むように身を乗り出し、小さな箱を大切そうに両手で包み込んで、無邪気に喜んでいる。
あまりにも素直な反応に、思わず頬を緩めた。
「……そんな好きか、チョコ」
少しからかうように尋ねる。
めぐみはキョトンとしながら「え? 違うよー」と僕を見つめ返した。
「なっちゃんの気持ちが、嬉しいんだよ」
「……っ」
あまりにもさらりと言ってのけられたその言葉に、僕の心臓はドクンと大きく跳ねた。
(……こいつ。よくそんな恥ずかしいセリフをストレートに言えるな……)
顔の温度が一気に上がっていくのを感じる。
「…………」
何も言い返せず、黙り込んだ。
そんな僕を覗き込み、めぐみはイタズラっぽく目を細める。
「あれ。なっちゃん、照れてる?」
「……取り上げるぞ」
ムッとしてチョコの箱に手を伸ばすと、彼女は「やだー!」とケラケラしながら胸元に隠した。
思い切り笑う頬に、久しぶりに見る笑窪が浮かび上がっている。
その瞬間、不思議なほど満たされていくのを感じた。
なんだ。
好きな子に優しくして、それに笑顔で応えてもらえる。
ただそれだけのことが、こんなにも幸せな気持ちになるものだったのか。
今まで、僕に恋愛感情を向けない彼女や、この想いに気づきもしない鈍感さに、勝手に傷つき、苛々してばかりいた。
けれど、複雑に拗らせて、不機嫌な態度で壁を作っていたのは、他でもない僕自身だったのだ。
もっと、シンプルでいいのかもしれない。
難しく考えるのはやめよう。
まずは、この笑顔を一つでも多く引き出せるように、素直に行動してみよう。
甘い香りに包まれた部屋の中、僕は小さく、けれど確かな決意を固めるのだった。
帰りのバスは、疲れからずっと熟睡していたので、酔わずに済んだ。
「……ただいま」
疲労からくる怠さのまま小声で呟く。
スニーカーを脱ぎながら何気なく視線を下ろした瞬間、ピタリと動きを止めた。
既に仕事から帰宅している母さんのパンプスの横に――見慣れたローファーが行儀よく並んでいたからだ。
「あ! なっちゃん、おかえり〜!」
廊下の奥から、ここが我が家であるかのようにリラックスした声が響いてくる。
「……なんで俺より先にいるんだよ」
リビングの扉を開けながら、気の抜けたツッコミを入れる。
テーブルには――母さんと談笑するめぐみがいた。
「なっちゃん、遅かったね。またバスケ部で駄弁ってたでしょ〜」
そう言って、顔の前に大きな箱を掲げてみせた。
宿泊施設の売店に積まれていた、ご当地クッキーだ。
「これ! なっちゃんママに届けにきたの。なっちゃん、おうちにお土産買ってなさそうだなーと思って」
「めぐちゃん、わざわざありがとう〜。さすが、女の子は気が利くわあ」
母さんはそれを受け取りながら、チラリと恨みがましい視線を送ってくる。
たしかに中学生以降、僕が家族への土産を買って帰った記憶はない。
テーブルの上には温かい紅茶が淹れられており、爽やかなアールグレイの香りと、クッキーの甘いバターの匂いが、ふわりと漂っていた。
◇
「あ、そういえば。あの荷物どこにやったかしら……」
何かの用事を思い出したのか、母さんは独り言を呟きながらリビングを出て行った。
二人きりになったタイミングを見計らって、足元に置いていたリュックのジッパーを開けた。
ガサゴソと中を探って手のひらサイズの小さな箱を取り出すと、無言でめぐみの目の前にスッと差し出した。
「?」
めぐみは不思議そうにパチパチと瞬きをしながら、箱と僕の顔を交互に見比べる。
これも同じ売店に売っていた、少しだけ高価なご当地チョコレートだ。
「……やるよ」
そっぽを向いたまま短い言葉を投げると、「えっ? 私に?」と人差し指で自分を指し、目をまん丸にした。
「……光くんとでも食べたら」
照れ隠しから、咄嗟にめぐみの兄の名前を盾にして誤魔化す。
すると次の瞬間、その顔にパアッと花が咲いた。
「えーっ! これ、すっごく美味しそうで気になってたけど、量が少ないから迷って諦めたやつ! もらっていいの!?」
キラキラと輝く瞳に、小さく頷く。
「ありがとう〜! やったあ!」
椅子の上で弾むように身を乗り出し、小さな箱を大切そうに両手で包み込んで、無邪気に喜んでいる。
あまりにも素直な反応に、思わず頬を緩めた。
「……そんな好きか、チョコ」
少しからかうように尋ねる。
めぐみはキョトンとしながら「え? 違うよー」と僕を見つめ返した。
「なっちゃんの気持ちが、嬉しいんだよ」
「……っ」
あまりにもさらりと言ってのけられたその言葉に、僕の心臓はドクンと大きく跳ねた。
(……こいつ。よくそんな恥ずかしいセリフをストレートに言えるな……)
顔の温度が一気に上がっていくのを感じる。
「…………」
何も言い返せず、黙り込んだ。
そんな僕を覗き込み、めぐみはイタズラっぽく目を細める。
「あれ。なっちゃん、照れてる?」
「……取り上げるぞ」
ムッとしてチョコの箱に手を伸ばすと、彼女は「やだー!」とケラケラしながら胸元に隠した。
思い切り笑う頬に、久しぶりに見る笑窪が浮かび上がっている。
その瞬間、不思議なほど満たされていくのを感じた。
なんだ。
好きな子に優しくして、それに笑顔で応えてもらえる。
ただそれだけのことが、こんなにも幸せな気持ちになるものだったのか。
今まで、僕に恋愛感情を向けない彼女や、この想いに気づきもしない鈍感さに、勝手に傷つき、苛々してばかりいた。
けれど、複雑に拗らせて、不機嫌な態度で壁を作っていたのは、他でもない僕自身だったのだ。
もっと、シンプルでいいのかもしれない。
難しく考えるのはやめよう。
まずは、この笑顔を一つでも多く引き出せるように、素直に行動してみよう。
甘い香りに包まれた部屋の中、僕は小さく、けれど確かな決意を固めるのだった。