幼馴染への三度目の失恋を回避したい ――激重な片思いを隠さなくなってきた彼に、心臓がもたなくなってきた彼女。
 ◇

 キリのいいところまで進んだところで、めぐみが持ってきてくれたお土産のゼリーを三人で食べることにした。

「なんか、二人とも順調に進んでて、父さんの出番なかったな〜」

 結局ずっと見てるだけだった父さんは、残念そうに肩を落とす。

「ふふっ。なっちゃんの教え方がうますぎて! 学校でも、なっちゃんに授業してもらいたい〜」

 めぐみは鮮やかな紫色の葡萄ゼリーを美味しそうに頬張りながら、屈託なく笑った。

「高校に入ったら、数学だけちょっと躓いちゃって。放置してたら後で大変そうだから、今のうちに解消しておきたいなあって思ってたの。そしたら、こんな近くに頼れる先生がいるなんて!」

 手放しで褒められ、僕はなんとか無表情の仮面を保ちながらも、内心ではガッツポーズをしていた。

「めぐちゃん、ご両親は今日も仕事?」

 父さんがゼリーを口に運びながら尋ねた。

「はい。ゴールデンウィークも関係なく病院開けてるので」

 めぐみの両親は二人とも獣医師で、このマンションの近所で動物病院を営んでいる。
 病院の休診日は基本的に週に一回だけ。
 けれど、入院している動物たちもいるため、結局その休診日にも様子を見に行かなければならず、ほとんど休みがない。

 そのため、めぐみは兄の光くんと二人で過ごすことが多いようだ。
 だが、今年から大学生になった光くんは、自由気ままなキャンパスライフを満喫しているらしく、家に帰ってこない日も多い。
 結果として、めぐみは広い家に一人でいる時間が増えていそうだった。

「寂しいときは、いつでもうちに来ていいからな!」

 父さんが自分の胸をドンドンと叩いて請け負うと、めぐみは「へへ、ありがとうございます!」と嬉しそうにお礼を言った。

 ただ、めぐみは実際、そこまで頻繁に我が家に来るわけではない。
「晩ごはんも食べていけばいいのに」と母さんが誘っても遠慮して、自宅で適当に済ませているらしい。
 母さんがやや強引に「これ持っていって!」とタッパーにおかずを詰めるときだけ、有り難そうに受け取るくらいだ。

(あんなに人懐っこいのに、そういうところ、変に遠慮するんだよな……)

 隣で笑う横顔を見つめながら、少しだけ胸の奥がチクリとするのを感じていた。


「よし。父さんが冷たい麦茶を淹れてこよう」

 立ち上がった父さんが、キッチンへと向かっていく。
 リビングのテーブルは、僕とめぐみだけになった。

 ふと視線を感じて顔を上げると、めぐみにじーっと見つめられていた。

「……なに」

「いや。なっちゃん、今日なんか髪型違うなあと思って」

「ああ……さっき部活から帰って、シャワー浴びたからかな」

 まだ少し湿っている前髪を誤魔化すように触る。

 すると――めぐみが、平然としながら言った。


「いつもよりおでこ出てて、カッコいいね」


「っ!?」

 突然の攻撃的な言葉に、激しく動揺する。

(……かっ……)

「……カッ……」

(かっ……『カッコいい』……!?)

「…………っ!?」

 もし、めぐみが一般的な価値観を持つ普通の女子高生だったなら――僕は今の言葉を最大限ポジティブに受け止めていただろう。

 しかし、こいつは『あの』めぐみなんだ。
 この言葉に、恋愛的な深い意味など微塵もないことは、過去の経験から痛いほどわかっている。

(落ち着こう……深呼吸だ)

 肺に空気を送り込み、動悸をなんとか落ち着かせる。
 そして、極めて冷静な、低い声をつくって尋ねた。

「お前……他のやつに、そういうこと軽々しく言ってないよな?」

「そういうことって?」

 キョトンとするめぐみ。

「……その、『カッコいい』とか……」

 口に出すと恥ずかしくて、声が尻すぼみになる。

 めぐみは「んー」と宙を見上げて考え込んだ。

(まさか……言ってるのか!?)

 つい先日、『これからはめぐみに不機嫌になるのはやめよう、優しくしよう』と決意したばかりだというのに、早くも自分との約束を破り、理不尽な怒りを爆発させてしまいそうになる。

 少し考えたあと、めぐみは「言ってないかな?」と答えた。

「そもそも、なっちゃん以外の男の子と、そんなにたくさん話さないし」

 その答えに、不覚にも少し嬉しくなってしまう。

 だが、その直後。
 先日の教室での出来事が脳裏をよぎった。

 めぐみが織田と楽しそうに話し、「めぐちゃん」とかいうふざけた呼び方を了承したり、「演奏会に来て」とか誘ったりしていたこと。
 わざとデカい咳払いをして威嚇したのに、めぐみは僕が風邪だと勘違いしてのど飴を差し出してきた、あの腹立たしい一件だ。

「……織田とは仲良くね?」

 めぐみの方を見ず、前を向いたまま吐き捨てるように言った。

「織くん? んー……」

 めぐみは少し考えてから、あっけらかんと言った。

「織くんとは今、席が近くてよく話すけど、なんだろう……同性の友達って感じだね」

(…………!)

『同性の友達』という完璧なワードに、僕は心の底から安堵した。

(じゃあ……俺は?)

 一番気になっていることを聞くなら、この流れしかない。
 心臓の音が急速にスピードを上げていく。

 勇気を振り絞って口を開いた――。


「じゃあ……お」
「お待たせ〜!」


 渾身の問いかけは、ひどく間の抜けた明るい声によって、見事に上書きされた。

(くそっ、そうだった! 父さんがいるんだった……!)

 キッチンから戻ってきた父さんが、お盆に乗せたグラスをコトッとテーブルに置いていく。

 わざわざ食器棚の奥から引っ張り出してきたであろう、普段は使わない花柄のガラスのコップ。
 その中で、カランと涼しげに氷が鳴っている。

(めぐがいるからって、無駄に丁寧にやりやがって……)

 ニコニコと上機嫌な父さんの顔を、ただ恨めしく睨みつけることしかできなかった。
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