幼馴染への三度目の失恋を回避したい ――激重な片思いを隠さなくなってきた彼に、心臓がもたなくなってきた彼女。
◇
前のバンドの演奏が終わり、拍手の中で彼らが袖へと戻ってくる。
いよいよ、僕たちの番だ。
もう引き返せないような気分になり、腹の底からヒュッと気が引き締まる。
暗転したステージへと歩み出た。
マイクスタンドの前に立つと、冷房が効いているはずの体育館なのに、観客からの凄まじい熱気を全身で浴びる。
それは不思議な感覚で、緊張で冷え切っていた身体の芯が一気に温められ、ほぐされていくようにも感じた。
自分の身長に合わせてマイクの高さを調節していると、前方から聞き慣れたデカい声が飛んできた。
「夏樹ー!!」
「朝井ー!!」
僕を冷やかすように呼ぶ声の主は、おそらくバスケ部やクラスの男子たちだ。
そのおかげで、張りつめた気持ちも幾分か落ち着いてきた。
上下から強いライトで照らされていて視界が眩んでいるのだが、真正面に目をやると、めぐみの姿をぼんやりと捉えることができた。
(……よし)
小さく息を吸い込み、ドラムの嶋に向かって頷いた。
嶋のスティックによる合図で、由利さんがピアノで奏でるイントロが始まる。
プレハブでの初めての音合わせで僕たちがそうだったように、観客も彼女の圧倒的な音色に呑まれ、体育館は一瞬でしんと静まり返った。
その繊細な静寂を決して壊さないように。
これ以上ないくらい丁寧に、そっと声を乗せた。
イントロが終わると、一気にバンド全員のビートが走り出す。
疾走感のあるメロディが始まると、有名な曲だからか観客も自然とそのリズムに乗って身体を揺らし、空間全体がひとつの大きな塊となっていくように感じた。
その凄まじい一体感と音のうねりに吸い込まれ、気づいた頃には、さっきまでの恐怖に似た緊張はどこかへ飛んでいってしまっていた。
ただひたすら夢中で、歌に想いを込めていた。
「うわーっ!!」
一曲目が終わると、体育館を揺るがすような大歓声と拍手をもらえた。
肩で息を整えながら、後ろを振り向いてバンドのメンバーたちとチラッと目を合わせ、たしかな手応えに小さく微笑み合う。
少しだけ間をおいて、会場の興奮が冷めやまないうちに。
嶋がスティックを、今度はそっと鳴らした。
二曲目は、ゆったりとしたバラード。
これも、由利さんの流れるような美しいピアノの独奏から始まる。
女の子目線の、好きな人への溢れる想いをひたむきに歌う曲だ。
僕はマイクを両手で包み込むように握りしめ、自分自身の長くて重い片思いを、すべてその歌詞に乗せて歌った。
『どうしようもないくらい 悔しいくらい 好きだよ』
照明が変わり、暗い観客席の中にいるめぐみの姿は捉えられない。
けれど、僕はまっすぐ前――めぐみがいるはずの場所――だけを見たまま、切々と歌い続けた。
曲の中で、主人公の片思いは少しずつ両思いへと近づいていく。
僕に向けられる、無邪気な笑顔や、柔らかい微笑み。
屋台の裏で髪に触れた時、戸惑うように赤らめた頬。
めぐみの色んな顔を思い出しながら、この曲の結末とリンクするように、どうかこの想いが実ってほしいと、祈るように歌っていた。
なあ、そろそろ振り向いてよ。
そろそろ僕の、本当の彼女になってよ。
そう願うと、胸の奥がギュッと締め付けられるように切なくて仕方なかった。
最後のワンフレーズを歌い切る。
一曲目の熱狂とは少し雰囲気が異なり、静かに聴き入ってくれていた観衆から、パラパラと少しずつ拍手が起こった。
それはやがて、割れんばかりの大きな歓声に変わり、ステージの上の僕たちを暖かく包み込んでくれた。
メンバー全員で深くお辞儀をして、拍手を受けながら、舞台袖へと下がった。
「……やったな!!」
袖の暗がりに入った瞬間、満面の笑顔の嶋が、勢いよく男子メンバーたちに肩を組んだ。
ふと見ると、普段はおとなしいはずの由利さんも、少し上気した顔で微笑んでいた。
「……楽しかった! 誘ってくれてありがとう」
彼女のその言葉に、全員で「お疲れっ!!」と力強くハイタッチを交わした。
◇
早々に次のバンドの演奏が始まり、再び重低音が響き渡っている。
僕たちは舞台袖からぐるっと回って、観衆のいるエリアへと降りていった。
「おいっ!! 朝井!!」
扉からそこに出た途端、クラスや部活の連中にワアッと囲まれた。
「カッコ良すぎた!! 惚れた!! 彼女にして!!」
ふざけて抱きついてくる男子たちを引き剥がす。
「いや、マジで! 俺、感動してウルッときちゃったもん」
「てか、何? あのピアノの人。ガチじゃん」
「よしっ。お前の歌もっと聴くために、明日の打ち上げはカラオケで決まりだな!」
さらに、同級生の女子たちも集まってくる。
「朝井くん! めちゃくちゃカッコよかった!! ほんと歌上手いんだね!」
「お疲れ様ー! 最高だったよ!」
矢継ぎ早に熱量の高い言葉をかけてもらう。
もみくちゃにされながら「おう、サンキュ」「ありがとう」と応えていた。
けれど、人波の隙間を縫って、僕は必死にただ一人の姿を探していた。
(…………いた!)
少し離れた場所。
めぐみが金森と一緒に、嶋と向かい合って笑顔で話しているのを見つけた。
(早く行きたい……)
周囲から話しかけられる内容には半分上の空で相槌を打ちながら、なんとか隙を見て彼女のもとへ向かおうと試みた。
しかし、人が多すぎて進めず、何度もその笑顔を見失ってしまう。
前のバンドの演奏が終わり、拍手の中で彼らが袖へと戻ってくる。
いよいよ、僕たちの番だ。
もう引き返せないような気分になり、腹の底からヒュッと気が引き締まる。
暗転したステージへと歩み出た。
マイクスタンドの前に立つと、冷房が効いているはずの体育館なのに、観客からの凄まじい熱気を全身で浴びる。
それは不思議な感覚で、緊張で冷え切っていた身体の芯が一気に温められ、ほぐされていくようにも感じた。
自分の身長に合わせてマイクの高さを調節していると、前方から聞き慣れたデカい声が飛んできた。
「夏樹ー!!」
「朝井ー!!」
僕を冷やかすように呼ぶ声の主は、おそらくバスケ部やクラスの男子たちだ。
そのおかげで、張りつめた気持ちも幾分か落ち着いてきた。
上下から強いライトで照らされていて視界が眩んでいるのだが、真正面に目をやると、めぐみの姿をぼんやりと捉えることができた。
(……よし)
小さく息を吸い込み、ドラムの嶋に向かって頷いた。
嶋のスティックによる合図で、由利さんがピアノで奏でるイントロが始まる。
プレハブでの初めての音合わせで僕たちがそうだったように、観客も彼女の圧倒的な音色に呑まれ、体育館は一瞬でしんと静まり返った。
その繊細な静寂を決して壊さないように。
これ以上ないくらい丁寧に、そっと声を乗せた。
イントロが終わると、一気にバンド全員のビートが走り出す。
疾走感のあるメロディが始まると、有名な曲だからか観客も自然とそのリズムに乗って身体を揺らし、空間全体がひとつの大きな塊となっていくように感じた。
その凄まじい一体感と音のうねりに吸い込まれ、気づいた頃には、さっきまでの恐怖に似た緊張はどこかへ飛んでいってしまっていた。
ただひたすら夢中で、歌に想いを込めていた。
「うわーっ!!」
一曲目が終わると、体育館を揺るがすような大歓声と拍手をもらえた。
肩で息を整えながら、後ろを振り向いてバンドのメンバーたちとチラッと目を合わせ、たしかな手応えに小さく微笑み合う。
少しだけ間をおいて、会場の興奮が冷めやまないうちに。
嶋がスティックを、今度はそっと鳴らした。
二曲目は、ゆったりとしたバラード。
これも、由利さんの流れるような美しいピアノの独奏から始まる。
女の子目線の、好きな人への溢れる想いをひたむきに歌う曲だ。
僕はマイクを両手で包み込むように握りしめ、自分自身の長くて重い片思いを、すべてその歌詞に乗せて歌った。
『どうしようもないくらい 悔しいくらい 好きだよ』
照明が変わり、暗い観客席の中にいるめぐみの姿は捉えられない。
けれど、僕はまっすぐ前――めぐみがいるはずの場所――だけを見たまま、切々と歌い続けた。
曲の中で、主人公の片思いは少しずつ両思いへと近づいていく。
僕に向けられる、無邪気な笑顔や、柔らかい微笑み。
屋台の裏で髪に触れた時、戸惑うように赤らめた頬。
めぐみの色んな顔を思い出しながら、この曲の結末とリンクするように、どうかこの想いが実ってほしいと、祈るように歌っていた。
なあ、そろそろ振り向いてよ。
そろそろ僕の、本当の彼女になってよ。
そう願うと、胸の奥がギュッと締め付けられるように切なくて仕方なかった。
最後のワンフレーズを歌い切る。
一曲目の熱狂とは少し雰囲気が異なり、静かに聴き入ってくれていた観衆から、パラパラと少しずつ拍手が起こった。
それはやがて、割れんばかりの大きな歓声に変わり、ステージの上の僕たちを暖かく包み込んでくれた。
メンバー全員で深くお辞儀をして、拍手を受けながら、舞台袖へと下がった。
「……やったな!!」
袖の暗がりに入った瞬間、満面の笑顔の嶋が、勢いよく男子メンバーたちに肩を組んだ。
ふと見ると、普段はおとなしいはずの由利さんも、少し上気した顔で微笑んでいた。
「……楽しかった! 誘ってくれてありがとう」
彼女のその言葉に、全員で「お疲れっ!!」と力強くハイタッチを交わした。
◇
早々に次のバンドの演奏が始まり、再び重低音が響き渡っている。
僕たちは舞台袖からぐるっと回って、観衆のいるエリアへと降りていった。
「おいっ!! 朝井!!」
扉からそこに出た途端、クラスや部活の連中にワアッと囲まれた。
「カッコ良すぎた!! 惚れた!! 彼女にして!!」
ふざけて抱きついてくる男子たちを引き剥がす。
「いや、マジで! 俺、感動してウルッときちゃったもん」
「てか、何? あのピアノの人。ガチじゃん」
「よしっ。お前の歌もっと聴くために、明日の打ち上げはカラオケで決まりだな!」
さらに、同級生の女子たちも集まってくる。
「朝井くん! めちゃくちゃカッコよかった!! ほんと歌上手いんだね!」
「お疲れ様ー! 最高だったよ!」
矢継ぎ早に熱量の高い言葉をかけてもらう。
もみくちゃにされながら「おう、サンキュ」「ありがとう」と応えていた。
けれど、人波の隙間を縫って、僕は必死にただ一人の姿を探していた。
(…………いた!)
少し離れた場所。
めぐみが金森と一緒に、嶋と向かい合って笑顔で話しているのを見つけた。
(早く行きたい……)
周囲から話しかけられる内容には半分上の空で相槌を打ちながら、なんとか隙を見て彼女のもとへ向かおうと試みた。
しかし、人が多すぎて進めず、何度もその笑顔を見失ってしまう。