電話越しの始まり
「まっず」
口に含んだ冬虫夏草の粉末が舌にこべりつき、思わず顔が歪んだ。
「そんなに舐めたらそうなるよ」
正面に座っていた先輩が、そう言って笑った。
「早く言ってくださいよ…ゴホッ」
原料メーカーの品質管理は、こんな物ばかり食べさせられる。
私はすぐ隣に並べてある抹茶味のプロテイン粉末を舐め、舌を労った。
「あ!そういえば水瀬っち、大阪支店の島って分かる?」
先輩は少し声を抑え、私に聞いた。
「島さんって、営業の?たまに電話しますよ」
「そう。アイツ同期なんだけどさ、電話してくるたび品管に可愛い子いない?って聞いてくんの」
先輩が事務所の電話口で、「アンタ本当やめなよ」と呆れ気味に言っているのを思い出す。
私は苦笑いした。
「でさ、この前。水瀬さんって声優しそうだけどフリーじゃないの?って」
「えっ」
思わず、口に含んだプロテインが変なところに入った。
「ゴホッゲホッ、な、…なんですかそれ」
「ただの女好き。知らんって言っといたけどさ。つぎ電話するとき気をつけてね水瀬っち」
今まで何度も電話のやり取りをしてきたけれど、そんな素振りはこれっぽっちも感じなかった。
そんな話を聞かされたら、もう電話しづらい。
島さんは、冗談トークなんだろうけど…。
声だけの存在だったのに、急に距離を意識してしまう。
…これじゃ恋愛偏差値低いのが、バレバレだ。
電話が鳴ったのはその翌日だった。
「はい、品管です」
「お疲れ様です、大阪支店の島です」
私はつい、ヒュ、と息を短く吸った。
「あ…お、お疲れ様です」
「あ。水瀬さんだ」
名前を呼ばれた瞬間、声が柔らかくなった気がした。
何度も聞いてきた声なのに、違って聞こえてしまう。
「ちょっと調べてもらいたいんだけど、いい?」
「は、はい」
「〇〇社の報告書、先方からせっつかれてて」
「あ…アップ日ですか、お待ちください」
私はパソコンのマウスを動かす。
こういう時ほど目的のファイルが、全然見つからない。
左手に持った受話器を握りしめる。
「水瀬さんってさ、」
沈黙を繋いだのは、島さんだった。
「休みの日なにしてんの?」
ーーえ?
そんな質問をされたのは、初めてだ。
「え…えっと、」
マウスが何度も空回る。
「ね…寝てます」
口から出たのは、何とも可愛げのない言葉だった。
一瞬の沈黙。
次の瞬間、電話口からふはっと吹き出す気配がした。
「なにそれ、ハハッ。意外すぎる」
「そう、ですか?」
「うん。まぁでも、俺も寝てるから。一緒だわ」
それは、今まで聞いたどの声よりも落ち着いて聞こえた。
“女好き”という言葉が、少しだけ遠ざかった気がした。
「…見つかった?」
島さんの声に、ハッとしてスクロールする。
ようやく見つかった目的のファイル。
私はマウスをクリックした。
「はい!あの、来週には、アップできそうです」
「了解。ありがとう、水瀬さん」
名前を呼ばれる。
それだけなのに、少しだけソワソワした。
「じゃあ、また」
「…はい。お疲れ様です」
静かに不通音が鳴った。
さっきまで声だけだったはずなのに。
たった数分の会話で、距離の感覚が変わってしまった気がする。
私はゆっくり受話器を置いた。
ーー次の電話が、楽しみになってしまったのは、ここだけの話。
その日、口に含んだ冬虫夏草は、少しだけまろやかに感じた。
口に含んだ冬虫夏草の粉末が舌にこべりつき、思わず顔が歪んだ。
「そんなに舐めたらそうなるよ」
正面に座っていた先輩が、そう言って笑った。
「早く言ってくださいよ…ゴホッ」
原料メーカーの品質管理は、こんな物ばかり食べさせられる。
私はすぐ隣に並べてある抹茶味のプロテイン粉末を舐め、舌を労った。
「あ!そういえば水瀬っち、大阪支店の島って分かる?」
先輩は少し声を抑え、私に聞いた。
「島さんって、営業の?たまに電話しますよ」
「そう。アイツ同期なんだけどさ、電話してくるたび品管に可愛い子いない?って聞いてくんの」
先輩が事務所の電話口で、「アンタ本当やめなよ」と呆れ気味に言っているのを思い出す。
私は苦笑いした。
「でさ、この前。水瀬さんって声優しそうだけどフリーじゃないの?って」
「えっ」
思わず、口に含んだプロテインが変なところに入った。
「ゴホッゲホッ、な、…なんですかそれ」
「ただの女好き。知らんって言っといたけどさ。つぎ電話するとき気をつけてね水瀬っち」
今まで何度も電話のやり取りをしてきたけれど、そんな素振りはこれっぽっちも感じなかった。
そんな話を聞かされたら、もう電話しづらい。
島さんは、冗談トークなんだろうけど…。
声だけの存在だったのに、急に距離を意識してしまう。
…これじゃ恋愛偏差値低いのが、バレバレだ。
電話が鳴ったのはその翌日だった。
「はい、品管です」
「お疲れ様です、大阪支店の島です」
私はつい、ヒュ、と息を短く吸った。
「あ…お、お疲れ様です」
「あ。水瀬さんだ」
名前を呼ばれた瞬間、声が柔らかくなった気がした。
何度も聞いてきた声なのに、違って聞こえてしまう。
「ちょっと調べてもらいたいんだけど、いい?」
「は、はい」
「〇〇社の報告書、先方からせっつかれてて」
「あ…アップ日ですか、お待ちください」
私はパソコンのマウスを動かす。
こういう時ほど目的のファイルが、全然見つからない。
左手に持った受話器を握りしめる。
「水瀬さんってさ、」
沈黙を繋いだのは、島さんだった。
「休みの日なにしてんの?」
ーーえ?
そんな質問をされたのは、初めてだ。
「え…えっと、」
マウスが何度も空回る。
「ね…寝てます」
口から出たのは、何とも可愛げのない言葉だった。
一瞬の沈黙。
次の瞬間、電話口からふはっと吹き出す気配がした。
「なにそれ、ハハッ。意外すぎる」
「そう、ですか?」
「うん。まぁでも、俺も寝てるから。一緒だわ」
それは、今まで聞いたどの声よりも落ち着いて聞こえた。
“女好き”という言葉が、少しだけ遠ざかった気がした。
「…見つかった?」
島さんの声に、ハッとしてスクロールする。
ようやく見つかった目的のファイル。
私はマウスをクリックした。
「はい!あの、来週には、アップできそうです」
「了解。ありがとう、水瀬さん」
名前を呼ばれる。
それだけなのに、少しだけソワソワした。
「じゃあ、また」
「…はい。お疲れ様です」
静かに不通音が鳴った。
さっきまで声だけだったはずなのに。
たった数分の会話で、距離の感覚が変わってしまった気がする。
私はゆっくり受話器を置いた。
ーー次の電話が、楽しみになってしまったのは、ここだけの話。
その日、口に含んだ冬虫夏草は、少しだけまろやかに感じた。


