これは私が望んだ復讐です
31話 新しい種
「聖女様! 」
「スカーレット様!」
「聖女様の追放、反対!」
遠目から見ても、五十人、いやそれ以上の人が王宮の門の前に集まっている。しかもなにやら興奮気味に叫んでいて、私は呆然としてその状況を見ていた。
(追放反対ってなにかしら? 私の噂が流れているの?)
「コラ! おまえら勝手に入ろうとするな!」
「何言ってるんだ! この国は聖女様の結界で守られているんだぞ! スカーレット様が出ていったらこの国は終わりだ!」
「そうよ! あんた達も贅沢三昧な王族の味方なの?」
何人かの男が王宮に入ってこようとし、それを警備の騎士が制圧しようとしている。それでも興奮した彼らは門を乗り越えようとし、最後には騎士に突き飛ばされてしまった。
「おや、なかなか派手にやってるようだね」
「……シモン様、これはいったい?」
動揺していないところを見ると、シモン様はこの騒動の理由を知っているみたいだ。気まずそうに笑いながら、私を見つめる。
「悪いね。忙しくてこっちの計画を話すのを忘れていたよ。実は私達がカリエントに帰国した後、王族や教会に『聖女は責務を放棄して逃亡した』と嘘の噂を立てられたら困ると思ってね。だから先手を打って『聖女はずっと王族に虐げられ、国から不当に追放されることになった』と噂を流しておいたんだ」
「いつの間にそんな事を……」
実際に噂を流したのはシモン様のお付きの人達だろうけど、本当に用意周到な人だ。きっと私一人だったらこんな事思いもつかない。私は起こるはずだった面倒事を回避できたことに、ホッと胸をなでおろした。
「私はこの国で遊んでいたわけじゃないよ? いろんな土地の様子を見てきたからね。今回は特に聖女信仰が厚い地域で噂を流したら、自然とこうなったというわけだ。驚かせてすまないね」
「いいえ! 実際に陛下達なら、そういう噂で民衆の心を操作すると思いますから。ありがとうございました」
民衆の間で広まったことは、それが事実じゃなくても後から誤解を解くのは難しい。シモン様がなにもしていなかったら、きっと私が逃げた先のカリエントに国民の敵意が向いていただろう。
(そうよ! 私はこれからカリエントの王族になるのよ! 守るべきはカリエントの国民。しっかりしなきゃ!)
「スカーレット、やることは理解できているかい?」
「ええ、最後にしっかりと演じてみせますわ」
「フッ……未来の王妃は頼もしいな」
私達は顔を見合わせ、うなずく。シモン様に説明されなくても、私は彼らの前で何をすればいいのかわかった。
「行こうか」
「はい」
私はそっと袖をまくり、シモン様の手を取った。さっきよりは少し弱々しい歩き方で、門に向かって歩いていく。すると私の姿を見つけた民衆達が、ワッとまた大きく騒ぎ始めた。
「聖女様だ!」
「スカーレット様! ご無事だったのですね!」
「本当にこの国を追い出されるのですか?」
口々に話し出す人達を見ると、たしかによく教会で見かけた顔ばかりだ。私は今初めて気がついたように驚き、ゆっくり彼らに近づいていく。途中騎士が止めようとしたけれどシモン様がそれを制止し、私は悲しそうな表情で集まった人達に話しかけた。
「まあ……皆さん。どうしてここへ? コホンコホン……」
ハンカチを取り出し口元を押さえ、少し咳をする。すると一人の男性が代表して話し始めた。
「聖女様! やはり体調が悪いのですね! そんなにお痩せになって……! それにその青あざはどうしたのですか!」
男のその言葉に、その場にいる全員が私の姿に注目した。さっきまくっておいた袖から、魔力の使いすぎでできた痣がいくつも見えている。
「ひどい! 聖女様をここまでいじめていたとは!」
「きっと神から天罰が起きるわよ!」
「司教様はいったい何をしていたんだ!」
前列にいる人達の声が、後ろにいる者達にも伝わっていく。同時に怒りや不安も伝染していき、すぐに門の前は大混乱になった。その騒ぎに王宮からたくさんの騎士達も駆けつけるが、なかなか収まらない。
上から押さえ込もうとしたって、王族側だと思われている騎士には無理だろう。逆効果だ。するとこの瞬間を見計らっていたシモン様が、よく通る声で叫んだ。
「静まれ!」
声に魔力が混じっているのだろう。騒いでいた人達だけじゃなく屈強な騎士すらもビクリと体をこわばらせ、辺りは一気に静かになった。
「皆の者。安心するがいい。この国に尽くしてきた聖女スカーレットは、私カリエントの第一王子が保護した」
「な、なに! カリエント国!」
「大国だぞ!」
「しかも王子様だって……」
民衆達が信じられないといった表情で、シモン様を見ている。私はスッと前に出て、これからの事を説明し始めた。
「皆さん、心配をおかけしてごめんなさいね。でも安心してください。わたくしはシモン様によって救われました。これからはカリエント国から皆様の幸せを祈りますわ」
ケホケホと咳込みながらそう話すと、集まった人達の顔に絶望の色が浮かんだ。
「そんな……それでは結界は……」
「これからこの国はどうなるんだ……」
聞こえてくるその言葉に、私は弱々しく微笑む。そして陛下達をひざまずかせるための、新しい種を蒔いた。
「でもわたくしは思うのです。陛下や司教様が本当に聖女の力を信じているのなら、きっと新しい聖女が降臨すると」
「新しい聖女様……?」
半信半疑の顔で見つめる人達を前に、私はゆっくりとうなずいた。