これは私が望んだ復讐です

32話 聖女の祈り

 
「ええ、残念ながらわたくしは、この国で必要ない存在だったようです。それでも陛下や司教様が心から求めたら、きっとこの国にふさわしい聖女が現れるはずですわ」


 目に涙を浮かべそう言うと、集まった人達からも鼻をすする音が聞こえてくる。


「スカーレット様、私たちがお救いできなくて本当にごめんなさい」
「カリエント国に行っても、私達を忘れないでくださいね」
「王子様! スカーレット様を大切にしてください!」


 必死に私の幸せを願う彼らの姿に、ズキンと胸が痛む。私は思いもよらなかった餞別の言葉に、そっと目を伏せた。


(みなさん……。私はあなた達国民を捨てて、幸せになろうとしているのに……)


 その心の変化に、シモン様はすぐ気づいたようだ。私の肩を抱き、集まったみんなに話しかける。


「もちろんだ。必ず聖女スカーレットを幸せにすると約束しよう! だが、もし君たちがカリエント国に移住したいのなら、この場にいる者たちを優遇することができる」


 カリエントは災害はあるが広い国土を持ち、豊かな国だ。しかも他国とも国交が盛んなため、珍しい物がたくさんある。閉鎖的な我が国の憧れといっても大げさではない。反面、移住希望者も多いため厳しい審査があるのだ。


 そんな憧れの国に移住できる機会など、平民の彼らにはほとんどない。だからこそシモン殿下直々の移住許可に、その場にいた人らは皆、色めき立った。


「すごい!」
「ほ、本当ですか!」
「ああ、しかしカリエントでは聖女に結界は作らせない。災害が発生する時もあるが、それでもいいと思う者だけだ」


 シモン様の言葉に、一瞬その場が静まり返る。顔を見合わせボソボソと話し合う者もいたが、すぐに一人の男が手を挙げた。


「なんだ? 話を聞こう」


 シモン様に発言を許されたその男は、最初に警備の騎士に突き飛ばされた人だった。もみ合った際に怪我をしたのだろう。腕に青黒い痣ができている。しかしそんな彼は平民ながらに堂々とした態度でその場にひざまずき、頭を下げた。


「正直な気持ちを言うと、俺は聖女様にはこの国に留まってもらいたいと思っていました。でもさっきスカーレット様の体にある痣を見て、心に決めました!」


 顔を上げ真剣な顔で私を見つめる男の瞳には、うっすらと涙がにじんでいる。体つきも大きく屈強な彼が、まるで私にすがるように手を差し出した。


「聖女様を国の生贄にしてまで、平和に暮らしたくはありません! スカーレット様は今まで俺たちの生活を守ってくれた恩人です! 私はあなたと共に生きていきたいのです!」


 男の決意した表情に、私の瞳からは自然と涙があふれる。周囲の人達も彼の決意に、ワアと歓声を上げ「私もです!」「俺も同じだ!」と叫び始めた。


(この国にも私のことを認めてくれている人はいたんだわ……)


 大勢の人が男の意見に賛同し、私に感謝の気持ちを伝えてくる。その光景に胸の奥が熱くなり、私は気づくと男の前に座り目を合わせていた。


「ありがとう。あなたのお名前はなんと言うのですか?」


 突然私と顔を突き合わせた彼は、目を丸くして驚いている。そして一気に顔を赤くすると、バランスを崩しドスンと尻もちをついた。


「ラ、ラ、ランディです!」
「そう、ランディというのね。本当にありがとう」
「い、いい、いえ! そ、そんな!」


 男からはさっきまでの堂々とした態度が消え、ブンブンと顔を振って汗をかいている。私はクスッと笑うと、彼の腕に手を当てた。見るのも痛々しいほどに青黒くなり、腫れもひどい。もしかしたら骨が折れているかもしれない。


「わたくしのために怪我をしたのね。痛いでしょう?」
「だ、大丈夫です! 男ですから!」
「そう、でもこれは骨が折れているかもしれないわ」
「平気ですよ! 前も骨折しましたが、二日で治りましたから!」


 ランディのその言葉に、後ろにいるシモン様が「やはりか……」と呟く声が聞こえた。少し気になったけれど、今はランディのために回復を祈ろう。


(私の魔力は結界を作るためだから、意味ない行為だけど。せめて想いを込めたいわ……)


 私はもう片方の手でランディの手をぎゅっと強く握り、心から彼の幸せを願った。今の私ができるのはこれだけ。それでも私は今まで経験したことがないほど穏やかな気持ちで祈りを捧げた。


(ランディ、ありがとう。私はあなたの言葉で今までの苦労が報われたわ。神様。もしいるのなら、彼に安らぎをお与えください……)


 頭の中で元気に腕を回すランディを想像する。毎日を楽しく過ごし、美味しい食事を摂り、幸せに眠りにつく。そんな彼の姿を頭に浮かべた。


 その時だった。


「わ、わああ! せ、聖女様が!」


(ん? なにかしら?)


 あわてふためくランディの声に驚いて、私も急いで目を開けた。するとそこで見たのは、全身が淡い金色の光に包まれている私の姿だった。
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