【凛視点】クールで無口な先輩、実は天然で優しすぎる。――新人の私がその距離をゼロにするまでの600日
タクシーに乗り込むと、車内は息が詰まるほど静かだった。
冷房の効いた後部座席で、先輩は腕を組み、ただ黙って窓の外のビル群を見つめている。

隣に座る私は、膝の上に置いた資料のページを、意味もなく何度もめくっていた。

(どうしよう、文字が全然頭に入ってこない…)

「……御空(みそら)さん」
「っ、はい!」

突然先輩に名前を呼ばれ、肩がビクッと跳ねた。

「…噛んでもいいし、上手く喋れなくてもいい。たくさん練習してきただろ。自分に自信を持ってやれば大丈夫だ」
「……はいっ!」

先輩の声は相変わらず淡々としていたけれど、少しだけ肩の力が抜けた気がした。
私の努力をちゃんと見てくれていたのかもしれない。そう思うと、ほんの少しだけ心強かった。

(……そうだ……何度も練習してきたんだ。自信を持って!私)

タクシーが目的地のビル前に到着し、ドアが開く。
先輩の広い背中を追いかけて、私は得意先のフロアへと足を踏み入れた。

受付を済ませ、通された会議室。
名刺交換をして、プロジェクターにパソコンを繋ぐ。
準備をする私の指先はまだ少し震えていたけれど、さっきまでの不安は不思議と消えていた。

隣に座る先輩は、いつも通り無表情で資料を確認している。その横顔が、今はなぜか妙に頼もしく見えた。

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