月を見上げる代わりに
「それで久我さんは、どこの月見がお好きですか?」
(どこの……月見?)
……思考が、一瞬でフリーズした。
「えっと……場所、か?」
「そうですよ! 有名なところは色々ありますけど……」
成瀬は指を折りながら、熱弁を始める。
「私はやっぱり、ファストフードの鉄板のバーガー系がいいなーって思ってるんです!」
「……?」
「でも久我さんは丼系の『月見』派ですか? それとも昔ながらのお蕎麦屋さん?」
彼女の真ん丸な瞳は、目の前の俺ではなく、まるで遥か彼方の美味しいものを夢見ているかのように、光をたたえている。
「あ……」
この時初めて、自分と彼女が「月見」というものの意味を履き違えてることに気づいた。俺は夜空の月を眺める風流な行事を共有しようとしていたのに対し、彼女は「月見」と名がつく食べ物の誘いだと思っているのだ。
……心の中でがっくりと崩れ落ちていく。
(さようなら……、俺の泣け無しの勇気……)
そんな俺の気持ちなど微塵も感じず、成瀬は嬉しそうに会話を続ける。
「バーガー系 も丼系も、両方大好きで迷っちゃうんですよね! 久我さんが決めてくれたら、私も同じのにしますよ!」
嬉しそうに、何を食べようか純粋に考えている彼女の姿を見て、肩の力が抜けていった。
(……あぁ、そうか)
彼女には、特別な意味など何もない。ただ純粋に、食事に誘ってくれたことを喜んでくれているのだ。
(……それでも、いいか)
俺はそっと微笑んだ。自分がこれまで追い求めてきた、大人の女性とのロマンチックなデートとはかけ離れた展開だ。
それでも、目の前で目をキラキラさせている彼女の姿を見ていると、この食欲と満腹のきらめきに溢れた夜でも、十分に満足できる気がした。
「そうだな、じゃあ今日は……鉄板のバーガー系にしよう。成瀬の好きなものを食べるのが、一番美味しいからな」
ほんの少しだけ冗談めかして言った。もちろん、その言葉の真意を彼女が理解することはないだろうが。
「わーい! ありがとうございます、久我さん! じゃあ、急ぎましょう! お腹空いちゃいました!」
成瀬は立ち上がり、無邪気な笑顔で俺を見上げた。
その笑顔を見ているだけで、もうどうでもいい気がしてきた。
***
会社のビルを出ると、頭上には既に綺麗な月が浮かんでいた。優しい光が、都会の喧騒をそっと包み込んでいる。
空を見上げると言葉にできないほど綺麗な月が見えるというのに、隣にいる彼女は、これから食べるバーガーのセットには何をつけようか、ポテトのサイズはどうするか、とひたすら熱心に語っていた。
「久我さん、私、ポテトは絶対Lサイズにするんです! あの山盛り感、夢がありますよね! あと、チキンナゲットも追加しちゃおうかな、今日は」
「チキンナゲットも追加? 成瀬、食べすぎじゃないか?」
「えへへ、でも、久我さんと一緒だから、今日は特別です!」
成瀬の屈託のない笑顔を見て、心の中で(可愛いな)と呟いた。
「そうか。じゃあ、俺も何か追加しようかな。成瀬に負けないくらい、たくさん食べるよ」
「わー! 嬉しい! じゃあ、久我さんは私が食べてるものを羨ましがらないでくださいね!」
「それはどうかな。羨ましくなる自信がある」
俺にとって、この他愛のないやり取りこそが、彼女と過ごす最も満たされた時間だった。ロマンチックな月見のデートは叶わなかったが、彼女との月見バーガーの夕食は、何物にも代えがたい。
(成瀬は、こんなに綺麗な月があるのに、これから食べるバーガーに夢中なんだな)
心の中でそう思ったが、それは決して責める気持ちではなかった。むしろ、そんな彼女の純粋さと、曇りのない太陽のような明るさが、自分にとっての癒しであり、かけがえのない魅力なのだ。
二人がファストフード店の扉を開ける。
今夜の月は、美味しい月見バーガーに心を躍らせる二人を、静かに見守っていた。
(どこの……月見?)
……思考が、一瞬でフリーズした。
「えっと……場所、か?」
「そうですよ! 有名なところは色々ありますけど……」
成瀬は指を折りながら、熱弁を始める。
「私はやっぱり、ファストフードの鉄板のバーガー系がいいなーって思ってるんです!」
「……?」
「でも久我さんは丼系の『月見』派ですか? それとも昔ながらのお蕎麦屋さん?」
彼女の真ん丸な瞳は、目の前の俺ではなく、まるで遥か彼方の美味しいものを夢見ているかのように、光をたたえている。
「あ……」
この時初めて、自分と彼女が「月見」というものの意味を履き違えてることに気づいた。俺は夜空の月を眺める風流な行事を共有しようとしていたのに対し、彼女は「月見」と名がつく食べ物の誘いだと思っているのだ。
……心の中でがっくりと崩れ落ちていく。
(さようなら……、俺の泣け無しの勇気……)
そんな俺の気持ちなど微塵も感じず、成瀬は嬉しそうに会話を続ける。
「バーガー系 も丼系も、両方大好きで迷っちゃうんですよね! 久我さんが決めてくれたら、私も同じのにしますよ!」
嬉しそうに、何を食べようか純粋に考えている彼女の姿を見て、肩の力が抜けていった。
(……あぁ、そうか)
彼女には、特別な意味など何もない。ただ純粋に、食事に誘ってくれたことを喜んでくれているのだ。
(……それでも、いいか)
俺はそっと微笑んだ。自分がこれまで追い求めてきた、大人の女性とのロマンチックなデートとはかけ離れた展開だ。
それでも、目の前で目をキラキラさせている彼女の姿を見ていると、この食欲と満腹のきらめきに溢れた夜でも、十分に満足できる気がした。
「そうだな、じゃあ今日は……鉄板のバーガー系にしよう。成瀬の好きなものを食べるのが、一番美味しいからな」
ほんの少しだけ冗談めかして言った。もちろん、その言葉の真意を彼女が理解することはないだろうが。
「わーい! ありがとうございます、久我さん! じゃあ、急ぎましょう! お腹空いちゃいました!」
成瀬は立ち上がり、無邪気な笑顔で俺を見上げた。
その笑顔を見ているだけで、もうどうでもいい気がしてきた。
***
会社のビルを出ると、頭上には既に綺麗な月が浮かんでいた。優しい光が、都会の喧騒をそっと包み込んでいる。
空を見上げると言葉にできないほど綺麗な月が見えるというのに、隣にいる彼女は、これから食べるバーガーのセットには何をつけようか、ポテトのサイズはどうするか、とひたすら熱心に語っていた。
「久我さん、私、ポテトは絶対Lサイズにするんです! あの山盛り感、夢がありますよね! あと、チキンナゲットも追加しちゃおうかな、今日は」
「チキンナゲットも追加? 成瀬、食べすぎじゃないか?」
「えへへ、でも、久我さんと一緒だから、今日は特別です!」
成瀬の屈託のない笑顔を見て、心の中で(可愛いな)と呟いた。
「そうか。じゃあ、俺も何か追加しようかな。成瀬に負けないくらい、たくさん食べるよ」
「わー! 嬉しい! じゃあ、久我さんは私が食べてるものを羨ましがらないでくださいね!」
「それはどうかな。羨ましくなる自信がある」
俺にとって、この他愛のないやり取りこそが、彼女と過ごす最も満たされた時間だった。ロマンチックな月見のデートは叶わなかったが、彼女との月見バーガーの夕食は、何物にも代えがたい。
(成瀬は、こんなに綺麗な月があるのに、これから食べるバーガーに夢中なんだな)
心の中でそう思ったが、それは決して責める気持ちではなかった。むしろ、そんな彼女の純粋さと、曇りのない太陽のような明るさが、自分にとっての癒しであり、かけがえのない魅力なのだ。
二人がファストフード店の扉を開ける。
今夜の月は、美味しい月見バーガーに心を躍らせる二人を、静かに見守っていた。

