【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻
翌日から、怜央のリハビリが始まった。

病院のリハビリ室は設備が整っていた。
平行棒、段差、バランスボール、ストレッチマット。

「失礼いたします。リハビリ担当の佐久間です。本日は歩行訓練、可動域の確認、痛みの評価を中心に進めます」

リハビリ室に現れた理学療法士の男性の後ろから、御堂が無音で入ってきた。秘書というより、影。

「梨音さん」

「はい」

「転倒だけは、絶対に避けてください」

私がうなずくと、御堂も小さくうなずいた。

「じゃあ、行きます。まずはバイタル確認して……はい、怜央様。右足から」

佐久間さんの指示に合わせて、怜央が平行棒の中へ入る。
私は外側に立って、万が一に備える。

万が一が起きないようにするのが、私の役目。
……妻じゃないのに、妻の役目だけは、ちゃんと果たしたいと思ってしまう。

怜央の足が一歩、床を踏む。

「……っ」

次の一歩が、ほんの少し揺れた。

「怜央さん……!」

反射的に腕を伸ばす。

その瞬間、彼の手が私の腰を掴んだ。支えるための最短距離。でも、掌の熱が、服越しにじわりと広がる。

私が支えるつもりだったのに、支えられているのは、私の方みたいだ。

「……大丈夫。今のは、痛みじゃない。単に、バランスを探しただけ」

「本当ですか?」

「ああ。……それに」

息を整えながら、怜央は私を見上げた。

「ほら。君がいる」

胸の奥が、変な音を立てた。

――おかしい。私は、契約でここにいるだけなのに……。
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