【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻
そして、私の熱も寝不足もようやく抜けた頃。
怜央にも、主治医から本格復帰の許可が出た。

事故以来、初めてのフルオペ。
カンファレンスで怜央が術式を組み直した、あの十歳の男の子の再手術だった。

当日の朝、私は自分が執刀するわけでもないのに、朝食の卵焼きの味がほとんどわからなかった。
向かいでは怜央がいつもと変わらない顔で白湯を飲んでいる。
完全に回復したと言われても、やっぱり心配になる。

「緊張してるのか」

見透かしたみたいに言われて、私は箸を止めた。

「してません」

「してる顔だ」

即答だった。
悔しいけれど、その通りだから言い返せない。

怜央は小さく息を吐いて、私の皿をちらりと見た。

「朝食は完食」

「子ども扱いしないでください」

「君は放っておくと食べないだろ」

「その信頼のなさ、そろそろ傷つくんですけど」

私は箸を置いて、怜央を見た。

「行ってらっしゃい。無理しないでください」

怜央は一瞬だけ目を細めた。
ほんのわずか、口元が緩む。

「行ってくる」

それから、付け足すみたいに低い声で言った。

「君も無理するな。昼はちゃんと食べて、眠くなったら休め」

手術へ向かう男の台詞がそれでいいのかと思う。
けれど、胸の奥がじんわり熱くなった。
< 46 / 113 >

この作品をシェア

pagetop