【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻
それからの数日は、驚くほど穏やかだった。
大きな事件は何も起きない。
誰も倒れないし、記憶もいきなり戻らない。
ただ、屋敷の朝が来て、食事をして、病院へ行って、帰ってくる。
そんな当たり前の積み重ねが、こんなにも贅沢だなんて、私は少し前まで知らなかった。
久遠家の朝は早い。
そして、怜央は私の起床にも容赦がない。
七時ちょうど。
控えめなのに絶対に聞き逃せないノックが、二回。
「梨音。起きて」
「……あと五分」
「三分」
「病棟の回診ですか」
「朝食」
ドア越しの低い声が、妙に真面目で笑ってしまう。
寝癖だらけのままドアを開けると、怜央はもう身支度を整えていて、私を見るなり少し眉を動かした。
「寝癖」
「わかってます」
「右だけひどい」
「説明しないでください」
言いながら髪を押さえると、怜央はごく自然な顔で手を伸ばし、跳ねていた毛先を指先で整えた。
「はい」
たったそれだけの仕草なのに、心拍数が乱れる。
朝から心臓に悪い。
大きな事件は何も起きない。
誰も倒れないし、記憶もいきなり戻らない。
ただ、屋敷の朝が来て、食事をして、病院へ行って、帰ってくる。
そんな当たり前の積み重ねが、こんなにも贅沢だなんて、私は少し前まで知らなかった。
久遠家の朝は早い。
そして、怜央は私の起床にも容赦がない。
七時ちょうど。
控えめなのに絶対に聞き逃せないノックが、二回。
「梨音。起きて」
「……あと五分」
「三分」
「病棟の回診ですか」
「朝食」
ドア越しの低い声が、妙に真面目で笑ってしまう。
寝癖だらけのままドアを開けると、怜央はもう身支度を整えていて、私を見るなり少し眉を動かした。
「寝癖」
「わかってます」
「右だけひどい」
「説明しないでください」
言いながら髪を押さえると、怜央はごく自然な顔で手を伸ばし、跳ねていた毛先を指先で整えた。
「はい」
たったそれだけの仕草なのに、心拍数が乱れる。
朝から心臓に悪い。