【改稿版】記憶を失くした御曹司と偽りの妻
手術が終わるまで、私はその場を動けなかった。

しばらくして扉が開き、怜央が出てくる。
マスクを外した顔には疲労が滲んでいたけれど、足取りはまっすぐだった。

その直後、待機していた患者家族に向き直る。

「手術は予定どおり終了しました」

低く、落ち着いた声。
危険だった場面も、これから必要な管理も、怜央は一つずつ隠さずに説明する。
大丈夫です、と安い慰めは言わない。
でも、家族が自分の足で立てる言葉だけをきちんと渡していく。

妻らしい女性が泣きながら頭を下げると、怜央はほんの少しだけ目をやわらげた。

「礼は、元気になってから本人に伝えてください」

その一言に、家族の顔が少しだけほどけた。

やっぱりすごい。
どうしようもなく、すごい人だ。

だから私は、助けたいと思った。
惹かれていった。
そしてたぶん、もう手遅れなくらい好きになっていた。

怜央がもう私にやさしく笑わないこと。
私の名前を、あの声で呼ばないこと。
それがこんなにも苦しいのだと知った瞬間、ようやく自分の気持ちに言い逃れができなくなった。

私は、どうしようもないくらい怜央に恋をしていた。
< 84 / 113 >

この作品をシェア

pagetop