秘書の誕生日、一夜のはずが社長に溺愛されています
低い声が、鋭く落ちる。びくりと肩が揺れる。

それでも、顔は上げない。

「……はい」

短く答える。

「それが、一番だと思います」

重く、息が詰まるような時間。

「……そうか」

社長の声が、やけに遠く感じる。

(これで……終わり)

そう、自分に言い聞かせる。

なのに――足が、動かない。

胸の奥が、ぎゅっと掴まれたまま離れない。

(……行かなきゃ)

ここにいたら、だめだ。それは分かっているのに。

「……失礼します」

背を向ける。一歩、踏み出す。

その瞬間胸の奥が、強く痛んだ。

(……無理)

息が詰まる。足が止まる。

(やっぱり……)

無理だ。こんなふうに、簡単に切り離せるほど――

浅い想いじゃなかった。

「……っ」

唇を噛む。涙が、こぼれそうになる。

(離れられない)

そう思ってしまう自分が、いる。
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