星の見えない夜に、誰を救う。
CASE5 呪縛
松之原タワー とある階
コツ……コツ……
「仕掛けてきました……」
「ご苦労だった。それでビル内の人間は今どれくらいだ?」
「それが、誰一人として死者が報告されていないんです……」
「何だと?」
『仕掛けてきた』と報告しているのは幸人の親友、西川英介……!まさか爆破テロの犯人なのだろうか?動揺しているのは男であることに間違いないのだが、正体は不明――
「あの……本当に妹を助けてくれるんですか?」
「約束は守る。だが、なぜ誰も死んでいないんだ?あれほどの爆弾を仕掛けたのなら一人くらいいてもおかしくないだろ?」
消防の連中が救助に動いているとしても、首謀者からしたら面白くない報告。ビルを爆破する目的がわからない以上、どこまでの被害にしたいのか不明だが、証人になりそうな人間を消す魂胆なのだろうか?だが、英介には一つ考えがあった。
「一つ気になったんだが、結婚式に一人招待したはずのない男がいただろ?奴は何者だ……?」
「それは……」
首謀者の男は予め、結婚式に参列する人間を全て把握していた。しかし一人だけ把握していない人間がいた。
「まさか君が招待したってこと、ないよな?」
「僕は招待していません……」
奴が言う『男』は誰を示している?
「奴は松原朋子を救出したと聞いた……本当に何も知らないか……」
「……やっぱり」
「なぁ……正直に言うなら報酬弾んであげるけど、彼……一体どこの誰なの?」
なぜそこまで知りたがる?英介は名前くらい教えてもいいと考えたのか――
「奥田幸人。僕の親友です」
「奥田幸人……?」
英介がわざわざ幸人を招待した理由は、唯一彼の『能力』を知っているためだった。そのためにわざわざ、隣町から非番の日に結婚式の日程を調整していた。
「どうしてもその奥田幸人……私には素人に見えない。奴は今どこにいる?」
「それは僕にもわからないんです……」
「まあいい……どちらにせよ、このビルは半日ももたない……橋にでも崩れ落ちたら、国家は大慌てだろう……」
英介は難病の妹、千鶴の治療費のために今回のビル爆破に加担している。理由は言うまでもなく、首謀者に金で雇われたためだ。だがいくら英介が彼の能力を知っているにしても、そこまで招待する理由はないはずだが……
松之原タワー 19階 図書館 19:48
『幸人!お願いだからもう逃げて!もう力を使うのもやめて……!』
「……」
幻覚の頻度が多くなっている。もういい加減に黙ってくれ……親なら息子が成し遂げたいことくらい尊重してくれよ……止めるんじゃねえよ!
「だったら何で未来を見る力を俺にやったんだ?」
『それは……あなたにも人を助けてほしいって、思ったから……けど仕方なかったの……!あなたの身が削れるなんて知らなかったから……だからもうやめて!』
「だったら責任取れ!親なら当たり前だろ……」
幻覚で止まるほど彼の意志は弱くない。だが……
『そう言うなら、もうしょうがないわね……』
千夏の幻覚が彼の首を絞める……しかし――
「フッ……!」
彼は全身に怒気を込めて千夏を追い払う。彼と同様、諦めずに妨害をするかもしれない。
「……」
スマホのカメラで自分の顔を眺めてみたが、もはや人間ではなくゾンビに近くなっていた……彼は病院から拝借した不織布マスクで顔を隠すことにし――
ゴクゴク……
ここは酒を飲んで仕切り直しだ。そもそも、なぜ彼が19階の図書館に行ったのかというと、『松原朋子の孫が本好き』ということがメモに書かれていたためだ。
プルプル……!
「将佑!あんた今どこにいるんだ!?」
「すまねえ……!今地下のボイラー室がヤベえことになっててよ!急遽最下層の灼熱地獄だ!」
「ボイラー室だと!?」
「ボイラー室が爆発したら縦に潰れてぺしゃんこだ!また連絡する……」
プツッ……
ボイラー室が大爆発でも起こしたら大変どころではない。むしろ一巻の終わりだ。もはやタワー崩壊の危機は将佑に託された。
「将佑……英介……陽菜……穂波?」
なぜか覚えている範囲の名前を呟いた。英介は幼い頃から知っている親友同士。陽菜は1年前に離婚した元妻。将佑は今日会ったばかりなのに、なぜか名前と顔、消防士としての誇りを持つ男であることを覚えている。穂波は……誰だ?ここで大まかに計算するが、彼はおそらく17時以降の記憶を忘れているのではなく、曖昧になっている。救出済みの人物は全てメモ帳に記しているため名前は思い出せるのだが、顔を覚えているかが曖昧だ。
「でも確か……」
断片的に覚えているのは――
ガーーン……!
「ウゥ……!?何だこの音!?」
突然上の階から音響機材のようにギュウィーン!と鳴り響く轟音。上の階は20階……カラオケルーム?
「ググ……うるさすぎる……!」
天井が崩れているにしても、ここまで轟音が響くのは相当なもの。耳を押さえていなければ鼓膜が一瞬で破れてしまうだろう。これは止めなければマズい……!
「確か音にも致死量ってあるよな……」
一旦離れる。スーツのポケットから出したのは愛用のBluetoothイヤホン。ノイズキャンセリングに設定して両耳につけると、なるべく音が入り込まないように大音量で音楽を再生した。
「これで行けるな……」
だが長くはもたない……ライブ会場の音響よりも数倍うるさいところじゃ救助活動もままならない。階段で20階へ駆け上がる――
松之原タワー 20階 カラオケルーム 19:53
ギュウィーン……!
「やっぱダメだうるせぇ……!」
おそらくだが全25部屋のマイクやスピーカーなど、音響機材が爆発か何らかの衝撃で暴走し、一切音量調整が効かない状態になっている。
「壊すしかないか……?」
ライブ会場や工事現場の比じゃない……全部屋の機材を壊そうと考えたが、一部屋ずつ回るのは現実的じゃない。
「そういえば階段登ってすぐ配電盤があったな……ブレーカーを落とせば……」
彼は来た道を戻り――
「メインがこっちで、予備がこれか?」
カチッ……カチッ……
とりあえず20階のブレーカーを全て落とした。すると――
「……止まったか?」
恐る恐るイヤホンを外す。果たして――
「ふぅ……」
音響は全て止まったようだ。照明も消えてしまったが、燃え盛る炎が嫌でも部屋を明るくする。耳鳴りが激しくて母の幻聴ですら耳に入らない。
ゴクゴク……
「目一杯入れておいてよかったな……」
さて、もう一度下に降りて松原の孫を探すとするか――
カチャッ……
「……?誰かいるか?」
コツ……コツ……ガチャ……
「おい!大丈夫か?」
倒れているのは一人の若い女性。確か結婚式に参列していた人だ。
「おい、聞こえるか……?」
「うぅ……う!」
「聞こえるか?」
「はい……聞こえます……耳鳴りが……」
ほんの少しだが耳から血が出ている……聞こえてはいるが、音響外傷によって難聴が残ってしまうかもしれない。
「まずここから出よう。下に降りるぞ!」
彼は女性をお姫様抱っこすると、炎をすり抜けて図書館へと戻る。
松之原タワー 19階 図書館 19:58
カラオケルームで倒れていた女性は茂木 絢(31)。結婚式に参列していた理由は、新婦の西川芹香の友人であるからだ。なぜカラオケルームにいたのか?
「私、松原さんのお孫さんが通う保育園の保育士なんです……」
「オーナーの孫……」
メモしてある内容には、『松原朋子の孫は3人。上と真ん中は小学生、下の子は保育園児――』ということは下の子が通う保育園か?
「あの子、ずっとカラオケで歌いたいって言っていたから……いるかと思って……まだ救助されていないですよね!?」
「残念だがまだだ……今俺たちも探している」
「おまわりさん以外誰か探しているんですか……?」
「消防の連中もな……とりあえずあんたを安全な場所へ避難させる……」
「無理です……あの子を助けなきゃ、私颯馬君の保育士として顔が立ちません……!だから――」
「今、お前にできることがあると思ってんのか!?俺が助けるって言ってんだ……!お前はこれ以上ゴチャゴチャ言うな!」
いつもの強引な言い方であるが、火事場に手負いの女性を突っ込ませるわけにはいかない。マスクで口元を隠していたが、大声を出した拍子に口元がわずかに見えると――
「うっ……!?」
「……すまない」
もはや人ではないその姿……だがそんなことなどどうでもよかった。たとえ英介や陽菜が自分を『バケモノ』と呼んで避けたとしても、自分は孤立など恐れたつもりはない。
「行くぞ。12階にまだ梯子車が待機している……」
「わかりました……」
下の孫の名前は颯馬君か。改めて図書館内を確認したが、子どもの姿は見当たらない。だがそのとき――!
ワンワン!ワンワン!
「……!?今聞こえたか?」
「いや、何も……」
彼の耳に入ってきたのは犬の鳴き声。
「……」
ワンワン!
「!?私も聞こえました!」
「あっちか!?」
ダッダッダッ……!
2人は鳴き声がする方向へ走り出した!高層ビルに犬なんているのか?やがて辿り着くと――
ワンワン!ワンワン!
2人の目に映ったのは大型のシェパード。
「犬?」
首輪がつけられている。おそらくこの犬種はシェパードだ。なぜここに?
ワンワン!
「何かしら……」
「まさか!?」
彼が目につけたのは崩れた本棚。まさか誰か潰されているのか!?
ドンドン……!
「おい!誰かいるか!?いるなら返事してくれ!」
ドンドン……!
「誰……ですか?何か出られなくなっちゃって……」
「今助ける!」
ミシミシ……!
「フゥ……!ハァッ……!」
ドサーン……!
「すごい……」
ワンワン……!ワン……クゥン……
「もう大丈夫だ!怪我はないか?」
「大丈夫です……」
なるほど……この男の子の飼い犬というわけか。
「もう大丈夫だ……おじさんがついてる」
「それより、俺の妹と弟はどこに行きましたか!?さっきまでここにいたんですけど……2人ともちょっと遊んでくるって言って帰ってなくて……!あまり遠く行っちゃダメだよって言ったのに……」
妹と弟、松原の孫はこの子か?男の子の名前は松原 望(9)。そしてシェパードの雄、レア(6)。
「おじさんは奥田幸人だ。それより、妹ちゃんと弟くんがいそうな場所、心当たりあるかな?」
「妹がゲーム好きで、よくおばあちゃんとゲームセンターに連れてってもらいました……」
「ゲームセンター……」
ゲームセンターだと4階か?4階なら最下層に近い。
「よし!じゃあこうしようか?まず、おじさんが望君を安全なところに連れて行く。そして、妹ちゃんと弟くんを必ず助ける!」
「……(何だろうこの人?私にはキツいのに、子どもには優しい……)」
「でも幸人君……」
「大丈夫だ!おじさんはヒーローなんだ!必ず助ける、指切りしようか?」
幸人と望の指切り。幸人の顔はゾンビのようであって、ヒーローとは言えない顔。だが望には彼の顔が見えない……
「行くか……」
「うん!」
グルルルル……!
「どうしたレア?」
「……」
ゴゴゴゴォ……!
「危ない!」
ドガァァン……!
再び本棚が次々と崩れ落ち、やがて本に引火していき、望とレアが炎に覆い隠されてしまう!
「熱いよぉ!」
ワンワン!
「待ってろ!すぐに助ける……!あんたはここで待っててくれ」
「は……はい!」
彼が消火用ホースを取りに行こうとした瞬間――
「……!?」
『ダメ!これ以上やったらあなたが死んじゃうわ……!もう逃げなさい!』
「まだ邪魔するのか……母さん、俺はとっくに決めたんだよ……俺が皆の明日を、守るって……!」
しかし炎が燃え広がるスピードが早い……!だがこのタワー、手抜き工事で建てられた割には松原様々だ。防災設備がかなり充実している上、ホースがすぐ傍にある!
ガシッ……!
「望君!ちょっと濡れるかもしれないけど、ここを動かないで!必ず助けるから!」
「うん!」
「行くぞ……!」
シャー……!
闇雲に放出したら水の勢いで望は飛ばされてしまう。飛ばされて炎にダイブしたら命はない……
シャー……!シュゥゥ……!シュゥゥ……!
ゴゴゴゴォ……!
「このタイミングで爆発か!?」
迷っている暇はない。本棚が再び崩れてしまう。
メキメキ……!バゴォーン……!
何と爆発から数秒で天井が望を目掛けて落下する!
「ちくしょう……!?」
ダッダッダッ……!
彼はホースを床に叩きつけてダッシュを切る!
「間に合えよ……!ハァー!」
ガシッ……!ドサッ……!ドガァァン……!
「奥田さん!?奥田さーん……!」
果たして間に合ったのか!?
「はぁ……望君、怪我はないか?」
「ものすごい音聞こえた……俺は大丈夫……」
ワンワン!
「レアも無事だよ。よく頑張ったな」
彼の捨て身の行動により間に合った。飛び散った火がマスクに引火して使えなくなってしまったが。
「望君、まずは君とレアを安全なところまで連れて行く。おじさんの肩に掴まって」
「俺重いよ……?」
「大丈夫だ!おじさんは力持ちだから!」
「奥田さん……」
「どうした?」
絢がポケットから何かを出す。それは――
「よかったら使いますか?」
差し出されたのはスポーツ用のウレタンマスク。
「ちょっと、使った後ですけど……」
彼はそのまま受け取ってマスクをつける。
「使えるなら何でもいい……」
「フフ……」
ふわっ……
「さあ行くぞ!」
「はい」
「うん!」
貨物用エレベーターを使えば一気に12階まで降りられる。しかしビルの揺れが段々と頻度を増している。それよりも将佑はボイラー室に行ったきり連絡が取れないが、彼も無事なのだろうか?
「振り落とされないでね……」
「うん!」
ダッダッダッ……!
非常扉まで行けば貨物用エレベーターだ。望をおんぶしながら絢と共に駆け抜ける。しかし――
ワンワン……!
「レア!どこ行くんだ!?」
なぜかレアが真反対の方向へ走り出す。一体何があるのだ?
ボォォ……!
レアは炎の目の前で止まる。レアの視線はエレベーターへ向けられている。
「まさか誰か閉じ込められているのか!?」
ワンワン!
「望君、ちょっと降ろすね」
「うん」
ふわっ……
「今どこにいるの?」
「今エレベーターが前にあるよ」
「でも確か……エレベーターに乗るって言っていたかな……」
レアがエレベーターに走り出したということは、もしかしたら閉じ込められているかもしれない!
「絢、望君を頼む」
「はい!」
彼は壁に取りつけられていた手斧を持ち――
ドンドン……!
「誰かそこにいるか!?いるなら返事をしてくれ!」
「助けて!」
「……!?」
今のは子どもの声?
「おじさんはおまわりさんだ!今いるのは君一人か!?」
「弟もいる!閉じ込められて出られないの……!」
「わかった!」
斧の刃をエレベーターの扉に入れ、そのままフルパワーを込めてこじ開ける。
「よく頑張ったね!」
エレベーターにいたのは女の子と男の子。松原 焔(7)と松原 颯馬(4)。
「絢先生ー!」
タッタッタッ……!
「颯馬君!」
颯馬が絢のもとへ走り出した。
ギュッ……
「絢先生!」
「お兄ちゃん!大丈夫だった!?」
颯馬は絢のことが好きなのか?何とも子どもらしい。焔も望を見て安心の表情を浮かべる。
「颯馬!いっつも絢先生にメロメロなんだから……」
「だって僕、大きくなったら絢先生と結婚するから!」
「先生と結婚なんて大変だよ?」
絢は独身でパートナーを探しているが、顔が整っている絢は男子児童からかなり人気があるようだ。颯馬も例外ではない。
「よし!じゃあ颯馬君が先生と結婚するためにも、ここから出よう!」
今回は茂木絢、松原望、焔、颯馬。そしてレア。
ゴゴゴゴォ……!
「ここはもう危ない!急ごう!」
4歳なら自分で歩ける。望はおんぶ。焔はレアのリードを持つ。絢は颯馬と手をつなぎながら行動。どうしても消火が必要なときだけ望を下ろす。ルートは全て頭に入っているが、いつ爆発するかわからない以上、長くはもたない。望をおんぶしながら耳に手を当てた――
「どうしたの?」
「……」
待て!いつもより当てている時間が長いぞ!?
「……!?このフロアに爆弾が仕掛けられている!皆!走るんだ!」
「ええっ……!?」
彼が見たもの。それは19階に爆弾が仕掛けられていることだった。それも時限式の爆弾。そのまま――
ドガァァン……!
「キャア!?」
爆発と同時に図書館の本が全て焼き尽くされる。それだけならまだいいのだが……
ドテッ……!
「ウゥ……!グゥゥ……!」
「奥田さん!?奥田さん!」
「奥ちゃん!?」
彼はそのまま地面に突っ伏してしまう。当然おんぶされた望もだ。やはり長く未来を見すぎてしまったのか?
「焔ちゃんと颯馬君は見ちゃダメだ……!」
彼はそう警告すると、我慢していた分の血を一気に吐き出した。
「奥田さん……!」
「絢……俺を置いていけ……子どもたちを頼む……!」
「そんなできません……!置いていくなんて……」
「奥ちゃん……」
「焔ちゃん……」
「私が奥ちゃんを助ける!だって私、大きくなったら絶対仮面ライダーになるんだから!」
仮面ライダー……彼も小さい頃なりたいと思っていた。今じゃ憎まれる刑事だが……
「痛いの痛いの飛んでけ!」
「フッ……」
焔に勇気づけられた彼は力を振り絞って立ち上がる。だが彼の身体は既に限界を迎えようとしていた。そんなとき――
ガシャ……ダダダダ……!
「大丈夫ですか!?……あんたは!?」
彼らに気づいて駆けつけたのは消防士。将佑と行動していた原田豪だった。
「あんたは……?」
「3階で会っただろ?原田豪だ」
彼の記憶にはなかった。そもそも消防士の名前で覚えているのは将佑のみだ。
「将佑は?」
「小隊長ならまだボイラー室だ。それより、ここから先にヘリが待機している!そこまで行くぞ!」
「ありがたい……この子目が見えないんだ。俺がおんぶするから案内してくれ……」
「わかった!」
豪は重装備で望をおんぶするには適していない。彼はハンカチで口元を拭くと――
ふわっ……
「こっちだ!」
豪の誘導によって炎の中を駆け抜ける。走るたびに全身が痛む……それでも彼は倒れない。奥田幸人を動かしているのは、熱い信念だけ。
ブルルルル……!
「こっちだ!」
「ヘリコプターだぁ!」
「まずこの子から頼む!目が見えていないんだ!」
「わかりました!」
「俺……助かったの!?」
「よく頑張ったね!ほらこっちだよ」
救出は全盲の望が優先された。望、颯馬の順番でヘリコプターに乗せられる。レアもだ。焔は彼のもとへ近づき――
「ありがとう……ヒーロー!私大きくなったら奥ちゃんと結婚したい!」
「俺と結婚?結婚したら大変だぞぉ?」
「さあこっちだよ」
「奥ちゃんは来ないの?」
「俺はまだやることがあるんだ。また会おうね……」
「うん!約束だよ!」
ブルルルル……!
あと残るは絢だけ。しかし――
ゴゴゴゴォ……!
「……!?」
スッ……
「今寄せます!もう少しお待ちください!」
「……!?マズい……おい!ヘリを離れさせろ!」
「えっ!?なぜですか!?」
「早くしろ!」
彼の指示通りヘリが一旦離れた。一体何が起きるのか?
ドガァァン……!ビュゥン……!
「今、何が落ちたの……!?」
「オフィスの窓ガラスだ」
「まさか……落ちることわかって?」
「そうかもな……」
彼はメモに何かを書いている。
「何書いてんですか?」
「助けた人の名前だ。忘れてしまわないようにな……」
「私の名前も?」
「ああ……ほらよ」
メモには確かに『茂木絢』と記されている。その他諸々の名前も。
「ゴフ……!」
「奥田さん……!?」
「俺は大丈夫だ……君は早く避難するんだ……」
彼のことを心配する絢だが、再び接近したヘリの救助隊によって救出されていく。
「マスク、大事に使うよ……」
「フフ……ありがとうございます……」
松原望(9) 救助
松原焔(7) 救助
松原颯馬(4) 救助
茂木絢(31) 救助
レア(6) 救助
・松原望、松原焔、松原颯馬、茂木絢の救出により現在タワーにいる人物は確認済みで、残り9人。
・12月24日 20:33 タワー崩壊まで3時間27分
コツ……コツ……
「仕掛けてきました……」
「ご苦労だった。それでビル内の人間は今どれくらいだ?」
「それが、誰一人として死者が報告されていないんです……」
「何だと?」
『仕掛けてきた』と報告しているのは幸人の親友、西川英介……!まさか爆破テロの犯人なのだろうか?動揺しているのは男であることに間違いないのだが、正体は不明――
「あの……本当に妹を助けてくれるんですか?」
「約束は守る。だが、なぜ誰も死んでいないんだ?あれほどの爆弾を仕掛けたのなら一人くらいいてもおかしくないだろ?」
消防の連中が救助に動いているとしても、首謀者からしたら面白くない報告。ビルを爆破する目的がわからない以上、どこまでの被害にしたいのか不明だが、証人になりそうな人間を消す魂胆なのだろうか?だが、英介には一つ考えがあった。
「一つ気になったんだが、結婚式に一人招待したはずのない男がいただろ?奴は何者だ……?」
「それは……」
首謀者の男は予め、結婚式に参列する人間を全て把握していた。しかし一人だけ把握していない人間がいた。
「まさか君が招待したってこと、ないよな?」
「僕は招待していません……」
奴が言う『男』は誰を示している?
「奴は松原朋子を救出したと聞いた……本当に何も知らないか……」
「……やっぱり」
「なぁ……正直に言うなら報酬弾んであげるけど、彼……一体どこの誰なの?」
なぜそこまで知りたがる?英介は名前くらい教えてもいいと考えたのか――
「奥田幸人。僕の親友です」
「奥田幸人……?」
英介がわざわざ幸人を招待した理由は、唯一彼の『能力』を知っているためだった。そのためにわざわざ、隣町から非番の日に結婚式の日程を調整していた。
「どうしてもその奥田幸人……私には素人に見えない。奴は今どこにいる?」
「それは僕にもわからないんです……」
「まあいい……どちらにせよ、このビルは半日ももたない……橋にでも崩れ落ちたら、国家は大慌てだろう……」
英介は難病の妹、千鶴の治療費のために今回のビル爆破に加担している。理由は言うまでもなく、首謀者に金で雇われたためだ。だがいくら英介が彼の能力を知っているにしても、そこまで招待する理由はないはずだが……
松之原タワー 19階 図書館 19:48
『幸人!お願いだからもう逃げて!もう力を使うのもやめて……!』
「……」
幻覚の頻度が多くなっている。もういい加減に黙ってくれ……親なら息子が成し遂げたいことくらい尊重してくれよ……止めるんじゃねえよ!
「だったら何で未来を見る力を俺にやったんだ?」
『それは……あなたにも人を助けてほしいって、思ったから……けど仕方なかったの……!あなたの身が削れるなんて知らなかったから……だからもうやめて!』
「だったら責任取れ!親なら当たり前だろ……」
幻覚で止まるほど彼の意志は弱くない。だが……
『そう言うなら、もうしょうがないわね……』
千夏の幻覚が彼の首を絞める……しかし――
「フッ……!」
彼は全身に怒気を込めて千夏を追い払う。彼と同様、諦めずに妨害をするかもしれない。
「……」
スマホのカメラで自分の顔を眺めてみたが、もはや人間ではなくゾンビに近くなっていた……彼は病院から拝借した不織布マスクで顔を隠すことにし――
ゴクゴク……
ここは酒を飲んで仕切り直しだ。そもそも、なぜ彼が19階の図書館に行ったのかというと、『松原朋子の孫が本好き』ということがメモに書かれていたためだ。
プルプル……!
「将佑!あんた今どこにいるんだ!?」
「すまねえ……!今地下のボイラー室がヤベえことになっててよ!急遽最下層の灼熱地獄だ!」
「ボイラー室だと!?」
「ボイラー室が爆発したら縦に潰れてぺしゃんこだ!また連絡する……」
プツッ……
ボイラー室が大爆発でも起こしたら大変どころではない。むしろ一巻の終わりだ。もはやタワー崩壊の危機は将佑に託された。
「将佑……英介……陽菜……穂波?」
なぜか覚えている範囲の名前を呟いた。英介は幼い頃から知っている親友同士。陽菜は1年前に離婚した元妻。将佑は今日会ったばかりなのに、なぜか名前と顔、消防士としての誇りを持つ男であることを覚えている。穂波は……誰だ?ここで大まかに計算するが、彼はおそらく17時以降の記憶を忘れているのではなく、曖昧になっている。救出済みの人物は全てメモ帳に記しているため名前は思い出せるのだが、顔を覚えているかが曖昧だ。
「でも確か……」
断片的に覚えているのは――
ガーーン……!
「ウゥ……!?何だこの音!?」
突然上の階から音響機材のようにギュウィーン!と鳴り響く轟音。上の階は20階……カラオケルーム?
「ググ……うるさすぎる……!」
天井が崩れているにしても、ここまで轟音が響くのは相当なもの。耳を押さえていなければ鼓膜が一瞬で破れてしまうだろう。これは止めなければマズい……!
「確か音にも致死量ってあるよな……」
一旦離れる。スーツのポケットから出したのは愛用のBluetoothイヤホン。ノイズキャンセリングに設定して両耳につけると、なるべく音が入り込まないように大音量で音楽を再生した。
「これで行けるな……」
だが長くはもたない……ライブ会場の音響よりも数倍うるさいところじゃ救助活動もままならない。階段で20階へ駆け上がる――
松之原タワー 20階 カラオケルーム 19:53
ギュウィーン……!
「やっぱダメだうるせぇ……!」
おそらくだが全25部屋のマイクやスピーカーなど、音響機材が爆発か何らかの衝撃で暴走し、一切音量調整が効かない状態になっている。
「壊すしかないか……?」
ライブ会場や工事現場の比じゃない……全部屋の機材を壊そうと考えたが、一部屋ずつ回るのは現実的じゃない。
「そういえば階段登ってすぐ配電盤があったな……ブレーカーを落とせば……」
彼は来た道を戻り――
「メインがこっちで、予備がこれか?」
カチッ……カチッ……
とりあえず20階のブレーカーを全て落とした。すると――
「……止まったか?」
恐る恐るイヤホンを外す。果たして――
「ふぅ……」
音響は全て止まったようだ。照明も消えてしまったが、燃え盛る炎が嫌でも部屋を明るくする。耳鳴りが激しくて母の幻聴ですら耳に入らない。
ゴクゴク……
「目一杯入れておいてよかったな……」
さて、もう一度下に降りて松原の孫を探すとするか――
カチャッ……
「……?誰かいるか?」
コツ……コツ……ガチャ……
「おい!大丈夫か?」
倒れているのは一人の若い女性。確か結婚式に参列していた人だ。
「おい、聞こえるか……?」
「うぅ……う!」
「聞こえるか?」
「はい……聞こえます……耳鳴りが……」
ほんの少しだが耳から血が出ている……聞こえてはいるが、音響外傷によって難聴が残ってしまうかもしれない。
「まずここから出よう。下に降りるぞ!」
彼は女性をお姫様抱っこすると、炎をすり抜けて図書館へと戻る。
松之原タワー 19階 図書館 19:58
カラオケルームで倒れていた女性は茂木 絢(31)。結婚式に参列していた理由は、新婦の西川芹香の友人であるからだ。なぜカラオケルームにいたのか?
「私、松原さんのお孫さんが通う保育園の保育士なんです……」
「オーナーの孫……」
メモしてある内容には、『松原朋子の孫は3人。上と真ん中は小学生、下の子は保育園児――』ということは下の子が通う保育園か?
「あの子、ずっとカラオケで歌いたいって言っていたから……いるかと思って……まだ救助されていないですよね!?」
「残念だがまだだ……今俺たちも探している」
「おまわりさん以外誰か探しているんですか……?」
「消防の連中もな……とりあえずあんたを安全な場所へ避難させる……」
「無理です……あの子を助けなきゃ、私颯馬君の保育士として顔が立ちません……!だから――」
「今、お前にできることがあると思ってんのか!?俺が助けるって言ってんだ……!お前はこれ以上ゴチャゴチャ言うな!」
いつもの強引な言い方であるが、火事場に手負いの女性を突っ込ませるわけにはいかない。マスクで口元を隠していたが、大声を出した拍子に口元がわずかに見えると――
「うっ……!?」
「……すまない」
もはや人ではないその姿……だがそんなことなどどうでもよかった。たとえ英介や陽菜が自分を『バケモノ』と呼んで避けたとしても、自分は孤立など恐れたつもりはない。
「行くぞ。12階にまだ梯子車が待機している……」
「わかりました……」
下の孫の名前は颯馬君か。改めて図書館内を確認したが、子どもの姿は見当たらない。だがそのとき――!
ワンワン!ワンワン!
「……!?今聞こえたか?」
「いや、何も……」
彼の耳に入ってきたのは犬の鳴き声。
「……」
ワンワン!
「!?私も聞こえました!」
「あっちか!?」
ダッダッダッ……!
2人は鳴き声がする方向へ走り出した!高層ビルに犬なんているのか?やがて辿り着くと――
ワンワン!ワンワン!
2人の目に映ったのは大型のシェパード。
「犬?」
首輪がつけられている。おそらくこの犬種はシェパードだ。なぜここに?
ワンワン!
「何かしら……」
「まさか!?」
彼が目につけたのは崩れた本棚。まさか誰か潰されているのか!?
ドンドン……!
「おい!誰かいるか!?いるなら返事してくれ!」
ドンドン……!
「誰……ですか?何か出られなくなっちゃって……」
「今助ける!」
ミシミシ……!
「フゥ……!ハァッ……!」
ドサーン……!
「すごい……」
ワンワン……!ワン……クゥン……
「もう大丈夫だ!怪我はないか?」
「大丈夫です……」
なるほど……この男の子の飼い犬というわけか。
「もう大丈夫だ……おじさんがついてる」
「それより、俺の妹と弟はどこに行きましたか!?さっきまでここにいたんですけど……2人ともちょっと遊んでくるって言って帰ってなくて……!あまり遠く行っちゃダメだよって言ったのに……」
妹と弟、松原の孫はこの子か?男の子の名前は松原 望(9)。そしてシェパードの雄、レア(6)。
「おじさんは奥田幸人だ。それより、妹ちゃんと弟くんがいそうな場所、心当たりあるかな?」
「妹がゲーム好きで、よくおばあちゃんとゲームセンターに連れてってもらいました……」
「ゲームセンター……」
ゲームセンターだと4階か?4階なら最下層に近い。
「よし!じゃあこうしようか?まず、おじさんが望君を安全なところに連れて行く。そして、妹ちゃんと弟くんを必ず助ける!」
「……(何だろうこの人?私にはキツいのに、子どもには優しい……)」
「でも幸人君……」
「大丈夫だ!おじさんはヒーローなんだ!必ず助ける、指切りしようか?」
幸人と望の指切り。幸人の顔はゾンビのようであって、ヒーローとは言えない顔。だが望には彼の顔が見えない……
「行くか……」
「うん!」
グルルルル……!
「どうしたレア?」
「……」
ゴゴゴゴォ……!
「危ない!」
ドガァァン……!
再び本棚が次々と崩れ落ち、やがて本に引火していき、望とレアが炎に覆い隠されてしまう!
「熱いよぉ!」
ワンワン!
「待ってろ!すぐに助ける……!あんたはここで待っててくれ」
「は……はい!」
彼が消火用ホースを取りに行こうとした瞬間――
「……!?」
『ダメ!これ以上やったらあなたが死んじゃうわ……!もう逃げなさい!』
「まだ邪魔するのか……母さん、俺はとっくに決めたんだよ……俺が皆の明日を、守るって……!」
しかし炎が燃え広がるスピードが早い……!だがこのタワー、手抜き工事で建てられた割には松原様々だ。防災設備がかなり充実している上、ホースがすぐ傍にある!
ガシッ……!
「望君!ちょっと濡れるかもしれないけど、ここを動かないで!必ず助けるから!」
「うん!」
「行くぞ……!」
シャー……!
闇雲に放出したら水の勢いで望は飛ばされてしまう。飛ばされて炎にダイブしたら命はない……
シャー……!シュゥゥ……!シュゥゥ……!
ゴゴゴゴォ……!
「このタイミングで爆発か!?」
迷っている暇はない。本棚が再び崩れてしまう。
メキメキ……!バゴォーン……!
何と爆発から数秒で天井が望を目掛けて落下する!
「ちくしょう……!?」
ダッダッダッ……!
彼はホースを床に叩きつけてダッシュを切る!
「間に合えよ……!ハァー!」
ガシッ……!ドサッ……!ドガァァン……!
「奥田さん!?奥田さーん……!」
果たして間に合ったのか!?
「はぁ……望君、怪我はないか?」
「ものすごい音聞こえた……俺は大丈夫……」
ワンワン!
「レアも無事だよ。よく頑張ったな」
彼の捨て身の行動により間に合った。飛び散った火がマスクに引火して使えなくなってしまったが。
「望君、まずは君とレアを安全なところまで連れて行く。おじさんの肩に掴まって」
「俺重いよ……?」
「大丈夫だ!おじさんは力持ちだから!」
「奥田さん……」
「どうした?」
絢がポケットから何かを出す。それは――
「よかったら使いますか?」
差し出されたのはスポーツ用のウレタンマスク。
「ちょっと、使った後ですけど……」
彼はそのまま受け取ってマスクをつける。
「使えるなら何でもいい……」
「フフ……」
ふわっ……
「さあ行くぞ!」
「はい」
「うん!」
貨物用エレベーターを使えば一気に12階まで降りられる。しかしビルの揺れが段々と頻度を増している。それよりも将佑はボイラー室に行ったきり連絡が取れないが、彼も無事なのだろうか?
「振り落とされないでね……」
「うん!」
ダッダッダッ……!
非常扉まで行けば貨物用エレベーターだ。望をおんぶしながら絢と共に駆け抜ける。しかし――
ワンワン……!
「レア!どこ行くんだ!?」
なぜかレアが真反対の方向へ走り出す。一体何があるのだ?
ボォォ……!
レアは炎の目の前で止まる。レアの視線はエレベーターへ向けられている。
「まさか誰か閉じ込められているのか!?」
ワンワン!
「望君、ちょっと降ろすね」
「うん」
ふわっ……
「今どこにいるの?」
「今エレベーターが前にあるよ」
「でも確か……エレベーターに乗るって言っていたかな……」
レアがエレベーターに走り出したということは、もしかしたら閉じ込められているかもしれない!
「絢、望君を頼む」
「はい!」
彼は壁に取りつけられていた手斧を持ち――
ドンドン……!
「誰かそこにいるか!?いるなら返事をしてくれ!」
「助けて!」
「……!?」
今のは子どもの声?
「おじさんはおまわりさんだ!今いるのは君一人か!?」
「弟もいる!閉じ込められて出られないの……!」
「わかった!」
斧の刃をエレベーターの扉に入れ、そのままフルパワーを込めてこじ開ける。
「よく頑張ったね!」
エレベーターにいたのは女の子と男の子。松原 焔(7)と松原 颯馬(4)。
「絢先生ー!」
タッタッタッ……!
「颯馬君!」
颯馬が絢のもとへ走り出した。
ギュッ……
「絢先生!」
「お兄ちゃん!大丈夫だった!?」
颯馬は絢のことが好きなのか?何とも子どもらしい。焔も望を見て安心の表情を浮かべる。
「颯馬!いっつも絢先生にメロメロなんだから……」
「だって僕、大きくなったら絢先生と結婚するから!」
「先生と結婚なんて大変だよ?」
絢は独身でパートナーを探しているが、顔が整っている絢は男子児童からかなり人気があるようだ。颯馬も例外ではない。
「よし!じゃあ颯馬君が先生と結婚するためにも、ここから出よう!」
今回は茂木絢、松原望、焔、颯馬。そしてレア。
ゴゴゴゴォ……!
「ここはもう危ない!急ごう!」
4歳なら自分で歩ける。望はおんぶ。焔はレアのリードを持つ。絢は颯馬と手をつなぎながら行動。どうしても消火が必要なときだけ望を下ろす。ルートは全て頭に入っているが、いつ爆発するかわからない以上、長くはもたない。望をおんぶしながら耳に手を当てた――
「どうしたの?」
「……」
待て!いつもより当てている時間が長いぞ!?
「……!?このフロアに爆弾が仕掛けられている!皆!走るんだ!」
「ええっ……!?」
彼が見たもの。それは19階に爆弾が仕掛けられていることだった。それも時限式の爆弾。そのまま――
ドガァァン……!
「キャア!?」
爆発と同時に図書館の本が全て焼き尽くされる。それだけならまだいいのだが……
ドテッ……!
「ウゥ……!グゥゥ……!」
「奥田さん!?奥田さん!」
「奥ちゃん!?」
彼はそのまま地面に突っ伏してしまう。当然おんぶされた望もだ。やはり長く未来を見すぎてしまったのか?
「焔ちゃんと颯馬君は見ちゃダメだ……!」
彼はそう警告すると、我慢していた分の血を一気に吐き出した。
「奥田さん……!」
「絢……俺を置いていけ……子どもたちを頼む……!」
「そんなできません……!置いていくなんて……」
「奥ちゃん……」
「焔ちゃん……」
「私が奥ちゃんを助ける!だって私、大きくなったら絶対仮面ライダーになるんだから!」
仮面ライダー……彼も小さい頃なりたいと思っていた。今じゃ憎まれる刑事だが……
「痛いの痛いの飛んでけ!」
「フッ……」
焔に勇気づけられた彼は力を振り絞って立ち上がる。だが彼の身体は既に限界を迎えようとしていた。そんなとき――
ガシャ……ダダダダ……!
「大丈夫ですか!?……あんたは!?」
彼らに気づいて駆けつけたのは消防士。将佑と行動していた原田豪だった。
「あんたは……?」
「3階で会っただろ?原田豪だ」
彼の記憶にはなかった。そもそも消防士の名前で覚えているのは将佑のみだ。
「将佑は?」
「小隊長ならまだボイラー室だ。それより、ここから先にヘリが待機している!そこまで行くぞ!」
「ありがたい……この子目が見えないんだ。俺がおんぶするから案内してくれ……」
「わかった!」
豪は重装備で望をおんぶするには適していない。彼はハンカチで口元を拭くと――
ふわっ……
「こっちだ!」
豪の誘導によって炎の中を駆け抜ける。走るたびに全身が痛む……それでも彼は倒れない。奥田幸人を動かしているのは、熱い信念だけ。
ブルルルル……!
「こっちだ!」
「ヘリコプターだぁ!」
「まずこの子から頼む!目が見えていないんだ!」
「わかりました!」
「俺……助かったの!?」
「よく頑張ったね!ほらこっちだよ」
救出は全盲の望が優先された。望、颯馬の順番でヘリコプターに乗せられる。レアもだ。焔は彼のもとへ近づき――
「ありがとう……ヒーロー!私大きくなったら奥ちゃんと結婚したい!」
「俺と結婚?結婚したら大変だぞぉ?」
「さあこっちだよ」
「奥ちゃんは来ないの?」
「俺はまだやることがあるんだ。また会おうね……」
「うん!約束だよ!」
ブルルルル……!
あと残るは絢だけ。しかし――
ゴゴゴゴォ……!
「……!?」
スッ……
「今寄せます!もう少しお待ちください!」
「……!?マズい……おい!ヘリを離れさせろ!」
「えっ!?なぜですか!?」
「早くしろ!」
彼の指示通りヘリが一旦離れた。一体何が起きるのか?
ドガァァン……!ビュゥン……!
「今、何が落ちたの……!?」
「オフィスの窓ガラスだ」
「まさか……落ちることわかって?」
「そうかもな……」
彼はメモに何かを書いている。
「何書いてんですか?」
「助けた人の名前だ。忘れてしまわないようにな……」
「私の名前も?」
「ああ……ほらよ」
メモには確かに『茂木絢』と記されている。その他諸々の名前も。
「ゴフ……!」
「奥田さん……!?」
「俺は大丈夫だ……君は早く避難するんだ……」
彼のことを心配する絢だが、再び接近したヘリの救助隊によって救出されていく。
「マスク、大事に使うよ……」
「フフ……ありがとうございます……」
松原望(9) 救助
松原焔(7) 救助
松原颯馬(4) 救助
茂木絢(31) 救助
レア(6) 救助
・松原望、松原焔、松原颯馬、茂木絢の救出により現在タワーにいる人物は確認済みで、残り9人。
・12月24日 20:33 タワー崩壊まで3時間27分