闇深兄の溺愛 〜甘いデザートには、一滴の毒を〜
第0章 甘い檻を開ける夜
***
夜遅く、美桜が深い眠りについた頃。
部屋の電気がそっと消される。
「おやすみ、美桜」
颯は音もなくベッドへ近づくと、
すやすやと眠る彼女の手を、
長い指先で静かに握った。
暗く、熱を帯びた瞳で
彼女をまっすぐ見つめると、
彼はその指先に、
愛おしそうに唇を重ねた。
「——もう二度と、お前を外の世界になんか出さない」
***
——春。
新しい生活への期待と、
漠然とした不安を抱えながら、
私はマンションの廊下で
大きな段ボールと戦っていた。
「うっ、重い……」
ずっと両親や周りに甘やかされて
育ってきた一人っ子の私にとって、
この箱の重さは「独り立ち」という
試練そのものに感じた。
「美桜、無理しちゃダメだって言っただろ」
聞き慣れた声、
鼻をくすぐるシトラスの香り。
振り返ろうとしたその時、
あんなに重くて苦戦していた箱が
軽々と持ち上げられた。
「お兄ちゃん!」
私の後ろから目元を
ふっと和らげて笑うのは、
幼馴染の颯だ。
180センチを超える身長に、
光を受けて柔らかく透ける黒髪。
真っ白なシャツにはシワひとつなく、
アイロンをかけたばかりのような
清潔感を放っている。
大学で「王子様」なんて言われている
完璧な彼は、
私にとっては3歳年上の、
世界一優しくてかっこいい——
自慢の「お兄ちゃん」だ。
「お隣さんになったんだから、もっと頼れよ。美桜は昔から、一人で抱え込みすぎるところがあるから」
颯は少し呆れたように笑いながら、
私の部屋へと次々と荷物を運んでくれた。
(あ、これなら私でも運べる)
私も小さな段ボールを手に抱え、
部屋へと運ぶ。
「ほら美桜、怪我すると危ない。その細い指に傷でもついたら大変だろ?」
「大丈夫だって、これくらいなら私も運べ——」
その時、颯の手が
すっと私の顔に向かって伸びた。
「え———?」
颯の大きくて熱い手のひらが、
ふいに私の頬に触れ、
その親指が頬から唇へと
流れるようになぞった。
その瞬間、心臓がドッ、ドッ、と
音を立て出す。
「お兄……ちゃん?」
一瞬だけ熱を帯びたような
とろんと潤んだ瞳に、
思わず段ボールを落としそうになった。
「……花びらがついてる」
だけどすぐに颯はふっと笑って
いつもの顔で私の頭上に手を伸ばした。
彼の指先からひらひらと
桜の花びらが落ちていく。
「あ……ありがとう。びっくりした」
「驚かせたか?……悪かった。今年はこの桜、よく綺麗に咲いてるな。……きっと美桜が来たからだ」
そんな少女漫画みたいなセリフを
さらっと言えてしまうのが、彼の凄さ。
爽やかに微笑む颯に
反応するようにまた胸が鳴った。