悪役と一線超えてから転生に気付いたんですがどうしましょう…?

第一話 一線を越える

「駄目だよ…リズ、婚約者であっても婚前交渉は禁止されてる…っ」

薄暗い書庫の一番奥の壁に背中を押し付けられながら、淡いグレーの巻き毛の青年が抑止の声をあげる。

「静かにしないと気付かれるわよ。」

平然と返すピンク髪の少女は意地悪っぽく笑いながら見つめ返した。
様になるその表情に青年はうっと言葉を詰まらせたのち、視線を逸らす。
普段なら淡いグレーの髪より更に白い肌が、今は紅潮している。

「でも…っ、」

耳まで真っ赤に染めて泣き出しそうな、戸惑った表情を浮かべる青年に少女は嗜虐心をそそられるのだが、青年は少女を「清純で純真無垢な少女」だと思っている為に気付かない。
実態はその言葉とは程遠い性格だというのに。

青年とは5歳の頃に出会い、5年間一緒に暮らした。
家の都合で青年は国境付近の屋敷で暮らす事になり、中央区に住む少女とはつい最近まで文通のみの交流だった。
月に1通しかやり取りできない大事な便箋に卑猥な言葉など書くはずもなく。
7年半の文通期間に性格も大きく変化している事を少年は知らない。

「だって、アルとやっと会えたんだもん。」

カチャカチャと金属音をさせながら先程からリズと呼ばれている少女エリザベス・アイビーは、そう言って軽く頬を膨らませて見せた。

「会えたのは嬉しいよ、僕もずっと会いたかった。
 ちょ、手止めて…っ!」

幼い頃どんな我儘でも従ってしまった大好きな表情を向けられて一層狼狽しながらも、青年アルフレッド・グレイソンはベルトを外すリズの手首を掴んで完全に動きを止めた後、早口に捲したてる。

「わかってる?正式な手順を踏まずに…その、…そういう事をしてしまったら、
 もう他の人と出来なくなるんだよ?
 それに、周りからも非難されるし、ご両親だって相当怒るはず…」

この世界では、子どもが生まれた時に「祝福」として教会の人間が子どもを保護する魔法をかける。
そのため人々は皮膚の表面を見えない保護魔法で守られていて、擦り傷などの「小さな怪我」はこの世界に存在しない。
この魔法が、ついでに貞操を守る機能を作り出していた。

婚約から結婚の流れが基本で、教会の正式な手続きを経て性交渉に及んだ夫婦はこの魔法による皮膜を保ったまま生活していける。
けど、正式な手続きを踏まず行為に及んだ場合、教会の保護魔法を外す事になる。
どれほど隠したとしても、なんらかのきっかけで存在しないはずの「かすり傷」を負えば、すぐに周知の事実になってしまうのだ。

当然「キズモノ」とバレてしまった令嬢に他の結婚相手など見つからない。
「世間知らず」「非常識」「性に奔放」など不名誉なレッテルを貼られて社交界どころかこの世界から爪弾きにされる。

そんなリスクがあっても行為をしてしまう人は一定数いるのだから不思議だ。
と相変わらず冷静な表情を崩さないリズは思った。
それから「ん?」と声を漏らすと、器用にぴくっと片眉を吊り上げた。

「ちょっと待って、アルは他の人としたいの?」
「そうじゃない!そうじゃなくて…っ、成人したら結婚するんだし、
 こんなリスク負わなくても…っ」

そう、2人は婚約者。明日まで。
何も知らないアルが辺境からここ中央に呼び出されたのは、リズとの婚約を解消するためだ。
親の意向で決まってしまった婚約破棄をリズには覆す術がない。
「キズモノ」になって他の選択肢を無くす以外。

雪深い辺境の砦で勉学に励み、15歳からは毎日魔物相手に剣を奮い頑張ってきたアルに、
両親はより高額に娘を売りつけられる相手を見つけたからと簡単に婚約破棄の申し出をするつもりでいる。
アルの親を交えると面倒だと思って、片道3日もかかる距離を「結婚に関しての話し合い」とだけ告げてアルだけを呼び、アルからご両親に説明させるつもりでいるのだ。
帰り路の3日間がどんな心情か、両親に婚約破棄された事を説明する辛さなど、両親はこれっぽっちも考えていない。

(実の親に言う事じゃないけど、クソ親よね…。)

勿論、同情心だけじゃない。
アルに好意がなければ、婚約破棄を考えている事を知った2か月前にリズから手紙を送って婚約破棄しようとしている事実を伝えれば済む話だ。

「3日もかかる道のりですもの、今日のところはお休みになって?
 明日話し合いましょう。」

と両親がアルにあてがった部屋を夜中に訪ねて、「話があるの」と書庫に誘ったのは完全に駆け落ちを選んだ自分の意志。

「私とそういう事、したくないの…?」

太ももが見えるようにドレスの裾をあげてアルの足に絡ませ、息のかかる距離で訊ねると、返す言葉に困っているのか目を泳がせながら口を動かすも、声が出ない様子。

「…したくないわけ…でも…」

かろうじてそれだけ聞き取れた。
雪山の砦には女性などそうそう出入りしない。
中央の女慣れした男性達と違って、身体に少し触っただけで真っ赤になるアルは若干サディスト傾向にあるリズにとって最高に理想的な男性だった。

手首を止めているアルの手に胸を押し当てると、「わっ」と手を引っ込めた。
その隙に露になった熱に触れる。
アルは声にならない悲鳴をあげて、壁に押し付けられているからもう動けないのに、腰を引こうとした。
その一挙一動に内心ニヤニヤしながら撫であげて、掴んで、
「純粋な少女」の素朴な疑問風に呟く。

「わ…熱っ…、それに想像してたより硬いんだ…。」
「駄目…っ、ほんとにダメだってば…っ!リズ!」

いよいよ余裕がなくなって素で抵抗しだすアルに体重をかけて、抵抗しづらくしていく。
蠱惑的な笑みを浮かべながら白く柔らかい太ももや胸を押し付けられ、アルの呼吸が次第に荒くなる。

「…嫌なの?」
「嫌なんじゃないよ、リズの事が本当に、すごく好きなんだ。
 だから絶対大事にしたい。こんな…、…君が悪く言われるなんて嫌だ…」

リズの白い指が上下するたびにビクビクと体を震わせ、耳まで赤くして今にも泣き出しそうな表情をしながらも必死に説得しようと言葉を返すアルに、リズは決意を今一度固めた。

(こんな真面目で真摯な人を傷付けさせたりしない。)

リズの据わった目に気付いたアルが一瞬息をのんだ。

「リズ…?」

心配した声音で名前を呼ぶアルに、またも意地悪な表情を浮かべて告げる。

「大きな声は出しちゃ駄目よ?
 私のあられもない姿、他の人に見せたくなければ、ね?」

反論の時間は与えず口付けると、アルの体を完全に壁に押し付けた。
女性にしては背丈が高い方で良かった。と内心思いながら十分な硬さのある熱に腰を落とす。

「んっ…ふ…っ、リズ…っ!」

押し返そうにもどこを触ってもマズイ状況で狼狽えていたアルが唇を外して悲鳴をあげたが、リズの足で腕も止められたこの状態から何か出来ることなど無かった。

保護魔法がパキン!と音を出して壊れた瞬間、
私はここがR指定のファンタジーゲーム「聖女に転生したら騎士たちの偏愛が止まらない!?」の世界で、今まさに目の前で琥珀色の瞳から一筋の涙を零した純粋な青年が、実は暗殺を家業とする辺境伯の一人息子であり、ヤンデレな悪役「アルフレッド・グレイソン」である事に気付いた。

そして私はと言えば、そのゲームのヒロインではなく、本編に存在もしない名前も出ないモブ中のモブ令嬢。

(え…これ、今思い出すわけ―——…!?)
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