アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
「……そうだな」
低く、静かな声。
それから奏は立ち上がって、紬希の隣に座った。
距離が、近い。
「奏さん?」
「黙って読め」
それだけ言って、自分の本に視線を落とす。分厚いドイツ音楽の評論を読んでいるらしい奏はどこか小難しそうな顔をしていた。
紬希は動けなかった。小説に夢中になっていたはずなのに、隣に奏がいるからか、本の世界に戻れない。
肩がふれそうなほど近い場所に、彼がいる。
――これは、どういう意味だろう?
心臓の音が、うるさい。
奏は何も言わないで静かに本のページを繰っている。
紬希も渋々本に視線を戻した。けれど……。
――これじゃあ文字が、あたまに入らないよ。
隣の温度は、ただただ温かかった。