アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
* * *
夫婦になって初めて同じベッドのうえで眠った翌朝の軽井沢は、静寂とともに霧で覆われている。
「身体は大丈夫か」
「へ、平気です……」
顔を真っ赤にする紬希を気遣いながら彼が早朝の散歩だと連れ出したのは、緑が溢れるちいさな教会だった。
観光客よりも地元のひとが日参するというそこは、古いながらも手入れが行き届いており、立派なグランドピアノが置かれている。結婚式で使われることもあるそのピアノは、ふだんは来訪者のために開放されていた。
ピアノを見つけた紬希が目を輝かせるのを見て、奏がわずかに頬を緩める。
「あ、ピアノ!」
「子どもの頃、よく弾いてた」
朝の礼拝が始まる前だからか、礼拝堂に人はいない。ふたりでピアノの椅子に座り、蓋をひらく。キィ、という扉が開くような軋む音とともに、白黒の鍵盤が顔を出す。ぽーん、と奏が調律を確認してから、無表情で紬希へ無茶ぶりを出してきた。