アンコールは君だけに ~孤高のピアニストと秘密の契約婚~
「おかえりなさい」

 奏は軽く頷いて、コートを脱ぐ。紬希はコートを受け取り、慣れた手つきでハンガーにかける。
 ただそれだけのやり取りが、帰国してから毎日続いている。
 変わったのは、「おかえり」と「ただいま」だけではない。
 夕食の時間の過ごし方にも変化があった。以前は食卓に向かい合って座っていても、奏は書類や楽譜に目を通していた。紬希の存在など、眼中にないかのように。
 それが帰国してから、書類を持ち込まなくなったのだ。
 最初は気のせいだろうと思っていた紬希だが、それが一日、二日と続いたことで、ようやく確信する。

 ――もしかして意図的に、持ち込まないようにしている?

 理由はわからないし、聞けるはずもない。
 ただ、奏がいて、一緒に顔を見ながら食事をしている。それだけのことが、嬉しく感じられる。
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