さくらいろのあお
 五局目が終わって、六局目を指そうかと思った時に、松岡くんが「終わりにしましょう。頭が限界です」と言う。
――そうだよね。先生役は疲れるよね。
 確かに指導対局の多面指しは辛いと、私は容易に想像がついた。
「松岡くん。片付けを手伝うよ。それで、また自動販売機の所で少し話さない?」
「いいですよ。村家さんが僕に何か御用ですか?」
「琴音さんのこと」
「……部室で言えないことですか?」
 私はギクッとした。松岡くんが今日の琴音さんをどう思っているか知りたくなったけれど、安易だったかなと思った。
「……松岡くんは将棋部のために頑張っているのに」
 私は口を滑らせるように、話しを始めた。
 松岡くんは少し考えてから「俺、信用されてないです。将棋と琴姫のどっちを取るかって言われて、失いたくないのはアマ四段の棋力のほうです」と深い声で言った。
 言葉の重い音の響きに、思わず部室がしんとなってしまった。
 気まずい空気とはこのこと。
 前田くんが「松岡! 今日はありがとう!」と言う。
 松岡くんは首を下げて、無言で片付けを再開した。
 私は、片付けを手伝おうとした。他人の心に気安く触った気がして申し訳なかった。
 前田くんは「いいよ。村家、俺がやるよ」と言って、私を先に帰らせようとする。
 私はお言葉に甘えて、手に持っている駒箱を棚に返しただけで、下校した。
 私はもやもやしていた。
 琴音さんは、どうして松岡くんの心の深い所を粗野にするのだろう?
 私が拾ってあげたいわけではないけれど。
 
 ケーキ屋さんに行きたかったのかもしれない。
 ――そして、私は帰りに件のケーキ屋さんに立ち寄った。
< 15 / 19 >

この作品をシェア

pagetop