あと30日で、他人に戻るふたり
戸惑った顔の大地さんの腕を引いて、キッチンへ連れ込む。
なんなら、強めに背中を押してやった。

でも、私が回した腕を彼は振りほどかない。
そして私もまた、もう離したくもない。


「幽霊?」

「ポルターガイスト現象ですよ!音したの!」

「やっぱなんかいるの?この部屋」

絶対思ってなさそうなセリフを言いながら、キッチンを確認していた大地さんが場違いに笑う。

「美月が騒々しいと、ある意味安心するな」

「ねぇ!笑うとこじゃない!」

「……これじゃないの?コーヒーメーカーのフタ、外れてるけど」


冷静な指摘に、私はまじまじと彼の指している方を見やる。

確かに、フタが落下していた。
さっきお米やお惣菜を準備していた時は落ちていなかったものだ。


静かな沈黙が流れる。

私は掴んでいた彼の腕を、ようやく離した。
離してから、少しだけ遅れて気づく。

────ずっと、触っていたことに。


「────おかえりなさい」

「うん、ただいま。……さすが、“いわくつき”だな」

彼は面白そうに笑ってから、確認みたいに私の顔を覗き込んできた。

「怖かったの?」

神様って、本当に意地悪だ。

正直に答えるのも悔しいし、そうじゃないとか言ったら、嘘だってすぐにバレてしまう。
よって、なにも言えない。


こんなしょうもない出来事を、会社に報告なんてできるはずもなく。
ただただ恥ずかしい思いをするだけとなってしまった。


一方の彼は通常運転で、まだ笑いをこらえているような顔で確認してくる。

「で、音は?」

「……もう大丈夫です」

「ふーん」

それだけ言って、大地さんは冷蔵庫を開けた。

「あ、飯だ。食っていい?」

「どうぞ……」

自分で用意したはずなのに、彼がそれをどこか喜んでいるようにも感じてしまって、少しだけほっとする。


「……やっぱり、大地さんがいると安心します」

ぽろっと、考えるより先に口から出た。

自分で言ってから、数秒遅れて意味を理解する。

いや、私いまめちゃくちゃ感情ダダ漏れなこと言わなかった?言ったよね?
聞こえちゃった?さすがに聞こえたよね?


半分パニックになってカウンターの向こうのキッチンにいる大地さんの背中を見つめると、彼はたぶん、一時停止みたいに動きが止まっていた。


────やっぱり、聞こえてる。

お願いだから、今そのことに触れないでほしい。


「……へぇ」


それだけ言って、冷蔵庫を閉めながら大地さんがちらりとこっちを見た。


その視線の意味を考える前に、私は慌てて缶チューハイを口に運んだ。
早く、アルコールよ、全身に巡って。そう願いながら。


ご飯とお惣菜が詰め込まれたお皿を、彼が私の隣に持ってきてテーブルに置いて並べる。

────あぁ、そうだ。これが、定位置。


「いただきます」と、何事もなかったみたいに食べ始めていた。

その姿を見ているだけで、なんだか落ち着く。


「うまい」

「それ、半額のお惣菜です」

「いいじゃん」


彼らしい軽い返事に、さっきまでの緊張が嘘みたいにほどけていく。


気づけば、さっきまでの怖さはもう残っていなかった。





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