あと30日で、他人に戻るふたり
「あら、藍沢さん。おはよう」


エレベーターを待っていたら、後ろから声をかけられた。

あ、この声は。
さすがにもう分かる。

「篠原さん、おはようございます」

振り返ると、いつものようにニコニコした笑顔で立っているお隣の奥様、篠原さん。

今日も朝からちゃんとメイクして、たぶんこれからヨガに行くのか荷物も持っている。
若々しいけど、何歳なんだろう。美魔女。


「旦那様はいないの?」

「あー…」

もう今さら、変に訂正したらややこしくなる。

「……はい。今日は遅く出るみたいで」


そんな会話を交わしながらエレベーターに乗り込んだ。

下降する中で、世間話のつもりなのか篠原さんがどんどん話しかけてくる。

「お休みは?一緒じゃないの?」

「えっと…、一応どっちも土日は休みなんですけど」

「それなら二人の時間は作れるのね。やっぱりね、何気なく二人で出かけたりするのって大事なのよ」

「……篠原さんは、旦那さんとデートするんですか?」

「もちろん」


あまりに即答されたので、はっと息を飲んだ。

篠原さんが結婚して何年だとか、お子さんがいるのかとか、そんな踏み込んだことは聞いていない。

だけど、彼女が持つ朗らかで満ち足りているオーラが、いつもどこかポジティブな気持ちにさせてくれるのは確かだ。


エレベーターを降りてエントランスを抜ける。
駅まで、自然と並んで歩いた。


「歳を重ねても、そこはなんだか共通認識なのよね。どこに出かけてもいいのよ。どっちかの買い物に付き合うでもいいし、ふらっとお散歩でもいいの」

ふふっと微笑む篠原さんの左手の薬指に光る指輪が、今日はさらにまぶしく見える。

晴れている今日の天気に、彼女の雰囲気はピッタリだ。


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