あと30日で、他人に戻るふたり
「現地見た時から、ちょっと気になってたんです」

自分でも驚くくらい自然に、そんな言葉が口から出ていた。

竹中さんが「へぇ」と感心したみたいに笑う。


「やっぱ穂村さん、そういう細かい視点強いよね」

「……そういうの、好きなのかもしれないです」


口にしてから、こんなにするすると自分の意見を言えたことに不思議な心地がした。


“好き”だとか。
今まで、そんなふうに考えたことがなかったから。


いつか、大地さんに定食屋で投げかけられた質問。


『今やってる仕事、好きなの?』

そのシンプルな問いかけに、私はごちゃごちゃと言い訳みたいな言葉を並べたんだった。


『……どうなんでしょう』

『やりたくないわけじゃないんですけど。好きかどうかって言われると…』

『なんか、こうした方がいいって言われると、それが正しい気がしてきちゃって』

『気づいたら、そのまま進んでるっていうか』


好きかどうか聞かれているのに、好きだとは言わなかった。


調整役だから。 空気を読むのが得意だから。 求められるから。

そういう理由でやっていると思っていた。

でも、もしかしたら。
私はこういうふうに、“誰かがちゃんと過ごせる場所”を考えることの方が、好きなのかもしれない。


「おー、ちょうどやりたいこととか見つけられるくらいの年数かもね。まだ若いんだから、いろんな可能性があるってこと、忘れないで」

何気なく竹中さんが言ったそれを聞いて、コンコン、と胸のなにかをノックされた気分だった。

「…はい。ありがとうございます」


持っていた資料を抱え直して、「じゃあ、また」と彼に会釈して推進部の自分のデスクへと戻る。


また騒がしいフロアへ行くと、日常が身体を包む。

それでもどこか、気持ちは別な方向を向けることができていた。



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