あと30日で、他人に戻るふたり
彼がキッチンでカレーのおかわりをよそっている間、テレビの賑やかな音を遮るみたいな着信音が聞こえた。

───それは、私のスマホの音ではない。


だから、つまり。

大地さんのスマホが鳴っている。

それを察知した瞬間。
ああ、呼び出しだ。と、妙に冷静に自分を納得させようとする声がした。


おかわりのカレーなんてすっ飛ばして戻ってくるかと思いきや、大地さんはなかなか戻ってこない。

こっちが痺れを切らして、声をかける。

「大地さん、スマホ鳴ってます」

「うん、いま行く」


戻ってきた大地さんの手には、普通にカレーライスが盛られている。


スマホが鳴っててもこんなに急がない彼を初めて見た。

しかもテーブルにお皿を置いたあと、スマホどこに置いたっけぐらいのテンションでソファの周りとか鞄の中を探している。

「大丈夫なんですか?」

「あれ、どこで鳴ってんだろ…」


ここまで探しているということは、もしかしたら彼は帰ってきてから一度もスマホを触ってないのでは?

こっちはその事実に唖然としているというのに、大地さんは落ち着いた様子でやっとのことでシャツからスマホを見つけ出していた。


「……はい」

電話に出ると、向こうの話を聞いているのか、相槌を打っているのが聞こえる。

……おかわりしたカレーには、ラップでもしておいた方がいいのかな。
そんなことを考えているうちに、電話はもう終わってしまった。


彼はスマホをテーブルに置いて、いったんラグの上に腰を下ろす。

「これ、食べてから向かう」

と、あまりにも普通にスプーンを手に取るから目を疑ってしまった。

「無理しなくてもいいですよ、ラップしておきますから」

「うん。でもまあ、大丈夫」


以前なら、あっという間に支度して、次の瞬間には出かけるぐらいの速さで仕事へ行っていたのに。
今日はどうしてもカレーが食べたかったんだろうか。

カレーがよほど美味しかったのかも。


私はこの時の彼が“いつもと違うな”くらいにしか感じていなかった。



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