あと30日で、他人に戻るふたり
「えっ?企画部?」


竹中さんに少し時間をもらって、打ち合わせスペースをちょっと借りて異動願いを出した話を打ち明けた。

課長と同じく、竹中さんも驚いたように目を丸くしていて。

それでも、どうして異動願いを出したのかとか、そういうことは聞いてこなかった。


「驚いた。穂村さんがこんなに行動力のある人だっていうのは想像つかなかった!」

「…ですよね」

「でも……、いいと思うよ、ほんとに。納得だなぁ。めちゃくちゃいい判断だと思う。絶対企画部に向いてると思ってたもん」

ここまで肯定してくれると思ってなくて、ふふっと笑いがこぼれる。


「企画部はフロアが違うから、なかなか会えなくなるけど。でもなにかしら案件では関わると思うから。開発部のやつらに言ったら寂しがるなあ…」

メガネをかけ直して、まだ少し衝撃が抜けきらないような顔で笑う竹中さんに、私は正直に言う。


「竹中さんが、気づかせてくれたんです」

「えっ、俺が?」

「私がどんな仕事が向いてるのかとか、外側から見てくれてたじゃないですか。アドバイスもくれてたし」

「ほんとー?全然自覚ないや」

「それがなおさら、自分で考える時間もくれたんで。すごく嬉しかったです」


お礼の意味も含めてぺこりと頭を下げると、「やだなぁ」と竹中さんは慣れないのか手を振る。

「俺は正直行ってほしくないよ、寂しいから。でも企画部、絶対に穂村さん活躍できるの分かってるからさ。止められないよねぇ」

「活躍できるかどうかは自信ないです」

「大丈夫。できるよ」


竹中さんはふっと笑って「頑張ってね」とはっきり言ってくれた。

「たまには開発に顔出してよ」

「……はい。でもまだ、時期決まってませんけど」

「あー、じゃあ異動前に開発で飲みに行こっか」

「ぜひ!」


私と竹中さんは終始穏やかに笑い合えた。

この人のおかげで、仕事の大事な決断ができた気がする。感謝しかない。


打ち合わせスペースを出ると、いつものフロアの喧騒が耳に飛び込んできた。


電話のコール音。 キーボードを叩く音。 誰かの笑い声と、急ぎ足で通り過ぎる人たち。

入社してからずっと見てきた景色だ。

ここで働いてきた時間は、たぶんこれからも私の土台になる。


悩んで、迷って、それでも自分で選ぼうと思えたのは。 この場所で、たくさんの人に出会ったから。


ふと、自分のデスクへ視線を向ける。

今夜は大地さんと、ベッドを見に行く約束をしている。
そう思った瞬間、なんだか少しだけ笑ってしまった。


私の毎日は、ちゃんと前へ進み始めている。



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