龍と白衣の天使
「――お前、死にたくなかったら動くな」
低くて鋭い声に、心臓が跳ねた。
人通りの少ない寮の裏で、私は足を止める。
……なんで、こんなところに人がいるんだろう。
かすかに漂う鉄みたいな匂い。
その先で、ひとりの男の人が壁にもたれていた。
「っ……はぁ……」
苦しそうな息。
制服の上からでも分かるくらい、服が赤く染まっている。
――怪我、してる……?
「近づくな」
鋭く睨まれて、思わず息を呑む。
いつもなら、怖くて逃げるけど、もう今日は。
足は勝手に動いていた。
「……今日が最期なの。こんな私だから最期くらい誰かのためになりたいっ」
恐怖で掠れる声を絞り出す。
「バカか、お前は。」
呆れたように吐き捨てるその人の声は、
不思議と、どこか弱って聞こえた。
私は鞄からハンカチを取り出して、
そっと彼の腕に触れる。誰かに殴られることの痛みは、苦しいほど知っているから。誰かに助けて欲しいから。
ハンカチにじんわりと血が滲む。
「じっとしてください。これでも私、応急手当くらいなら...」
「……は?」
驚いたような声。
でも、そのまま、私の手は振り払われることはなかった。
――このときは、まだ知らなかった。
この人が、
私の“普通”を全部壊してくれる人だなんて。
こんな私に生きる意味を教えてくれるなんて。
そして。
裏社会を束ねる組織「orientalem」の総長、
白龍煌その人だなんて――。
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