有罪愛
「春佳ちゃん、誤解してるようだけど、私と瀧沢くんはただの先輩と後輩なの」

「だって……」

 まだ言い訳するかという顔をした春佳に、小村は静かに手を突きつけ首を左右に振る。

「確かに瀧沢くんは素敵な人だよ。妹の春佳ちゃんから見たら、理想の男性で自慢のお兄さんだと思う。あなたの目から見ると、お兄さん以上に素晴らしい男性はいないと思うの、分かるよ」

 ――『分かる』なんて、知ったような事を言って……。

 春佳は強い苛立ちを覚えるものの、とりあえず小村の言葉を最後まで聞く事にした。

「先日は瀧沢くんに呼ばれて仕事の相談を受けていただけ。申し訳ないけど私には恋人がいるし、彼の事は素敵だと思うけど恋愛感情は抱いていないの」

「……嘘……」

 怒りに水を差された春佳は、まだ小村を疑いながらも呟く。

「ちょっと待ってて」

 そう言って小村はスマホを出し、少し操作したあと写真を見せてきた。

「この人が私の彼氏。瀧沢くんほどイケメンではないけど、優しくていい人で、結婚も考えてる」

 写真には小村と男性が写っていて、後ろにはエメラルドグリーンの海が広がっていた。

 彼氏がいる証拠を見せられ、春佳の中で荒れ狂っていた怒りが、急激に萎れていく。

(……じゃあ、なんで……? だってお兄ちゃんは『小村さんに迫られてる』って言った。お兄ちゃんが私に嘘をつくはずがないし……)

 小村は安堵した表情をし、スマホをしまいながら言う。

「男女が二人で飲食店にいたら、誤解されても仕方ないよね。私も彼氏がいる身だし、今後気をつけるね。でも仕事が絡むと『絶対会わない』とは言い切れないから、見逃してくれないかな?」

 そう言われても、春佳は状況を整理できておらず、まともに返事ができずにいる。

「自慢のお兄さんを心配する気持ち、理解できるよ。私には歳の離れた妹がいて、とても可愛いからモンペみたいになっちゃうし、本当に気持ちが分かるの」

「でもね」と言い、小村は春佳に視線を合わせる。

「こうやって暴走すると、逆にお兄さんに迷惑を掛けてしまう場合があるから、もう少し考えて行動したほうがいいよ。彼は二十六歳の大人だし、妹さんのお世話にならなくても恋愛はできると思うの」

 正論を言われ、春佳はサッと赤面した。

 だが小村はそんな彼女を馬鹿にせず、ポンポンと肩を叩いてきた。

「私も十年ぐらい前は突っ走っていたし、色んな間違いをした。これぐらい、可愛いもんだからあまり気にしないで」

 小村は軽やかに言って年上の余裕を見せつけたあと、「じゃあね」と颯爽と歩いていった。

 駅前に取り残された春佳は、そのあとも混乱しながら立ち尽くしていた。




**





 結局、春佳は行こうと思った喫茶店に行かず、適当に入ったファストフード店でぼんやりと昼食をとったあと、佃のマンションに戻った。

 冬夜は用事があって外出していて、夜まで戻らず留守だ。

 春佳は思考の迷路に嵌まったあと、頭を使いすぎて疲れを覚え、少し眠った。







 二十一時過ぎに冬夜が帰宅した時、春佳はリビングのソファに座り、テレビをつけたままスマホを見ていた。

「ただいま」

「……おかえり」

 春佳は一瞬兄を見てから、ボソッと返事をする。

 冬夜はバッグを床に置き、スマホをダイニングテーブルの上に置いてから「あっち……」と呟き、冷蔵庫にある麦茶をグラスに注いで飲み干した。

「飯は食ったか?」

「うん、カップ麺食べた」

「まだ暑いしバテるから、もうちょっと栄養のあるもん食えよ」

 そう言ったあと、冬夜はバスルームに直行した。

 水音が聞こえる間、春佳はソファの上で体育座りをして、ろくに見ていないテレビの液晶画面を見つめる。

 バラエティ番組でドッと笑い声が湧き起こったが、春佳はニコリともしない。

(小村さんが言っていた事を話すべき? ……そんな事をしたら、あの人に言われたみたいに『暴走』ってとられる?)

 悶々としていた時、ダイニングテーブルの上にあった冬夜のスマホがピコンと鳴った。

 ハッとそちらを向くと、冬夜のスマホにメールが入っていたのが見えた。

 春佳は「いけない」と思いながら立ち、足音を忍ばせてテーブルに近寄った。

 そして画面を覗き込み、瞠目する。

 バナーに出ているメールの送り主は〝小村沙由紀〟で、文頭にはこうあった。

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