有罪愛

(わたし)を大切に想ってくれているとしても、……普通の兄はここまでするものなの?)

 冬夜に大切にされて嬉しいはずなのに、春佳は複雑な気持ちになっていた。

 小村に嫉妬して、邪魔しようと思ったのは春佳だ。

 そこまで兄を想っているはずなのに、彼が自分の誕生日をPINコードにしていると知って、怖じ気づいている。

 兄は実家にいた頃、頻繁に父と喧嘩をしていたから、彼が家を出る時は、寂しさはあったが『良かったね』と思っていた。

 冬夜が出ていったあと、父は大喧嘩した事を反省したように、実家に戻るよう言っていたが、兄は頑として聞き入れなかった。

 家から出た冬夜が〝遠い人〟になったがゆえに、春佳は兄を強く想うようになった。

 そして兄を虐待仲間であった〝家族〟から、〝憧れの人〟に変化させてしまった。

 実家に一人残された春佳にとって、家を出て〝大人〟になった冬夜は、手の届かない星のような存在だった。

 彼が成長してますます格好良くなっていく傍ら、自分は相変わらず母に支配され、地味で冴えない少女のまま。

 父が死ななければ、冬夜は〝外〟の世界で美しく優しい女性を見つけ、幸せになっていただろう。

 まるで童話の王子様とお姫様のような、「めでたし、めでたし」として。

 だがその〝王子様〟は、城の地下牢に閉じ込め、ボロを着た妹をずっと想い続けていた。

 そんなの、筋書きにない。

 嬉しいのは確かだが、戸惑いのほうが大きい。

 ――私を家に置いて、一人で幸せになろうと決意したんでしょう?

 ――なのにどうして、いまさら私に構うの? 一人で幸せになったらいいでしょう。

 喜びと共に感じたのは、戸惑いと僅かな苛立ちだ。

(……私を構うっていうなら、何を考えているのか教えてよ)

 春佳は大きく深呼吸し、マウスをクリックするとエクスプローラーファイルを開き、Dドライブに入っているファイルを一つずつ確認していく。

 フォトアルバムを開くと、几帳面に年別、月別に分けられていて、その中にも食べた物や場所など、用途別のフォルダが作られてあった。

 その中に『家族』というフォルダを見つけ、クリックする。

 日付は二〇二三年の十一月――近日まで作られていて、冬夜が何を見ていたかを知る事ができる。

 次に『春佳』というフォルダがあり、開いた瞬間、春佳は悲鳴を呑み込んだ。

「……なに、これ……」

 ウィンドウの中にズラリと並んでいるのは、春佳の写真ばかりだ。

 思わず片手で口元を押さえた彼女は、怯えながらも一枚の写真をクリックした。

 場所はこのマンションの春佳の部屋。

 眠っている彼女が写されてある。

 他にもマンションのいたるところで、撮られた覚えのない写真が沢山あった。

(……盗撮? どこかにカメラがある?)

 そこまで思い至った時、ザッと血の気が引いた。

(もしもこの部屋に入って、家捜ししているのがバレたら……!)

 考えた瞬間、とても恐ろしくなった。

 ガタガタと体が震え、生きた心地がしない。

 口の中が一気に渇き、動悸が激しく鳴り、正常な判断をくだせなくなる。

 同時に思ったのは、「今しかない」という気持ちだ。

 冬夜が帰ってくる前に、今すべてを見てしまう。

 そのあと絶望的な状況になったなら、とりあえず謝るしかない。

 兄の事は大好きだが、本当に彼が何を考えているのか分からない。

 自分の家の中とはいえ、監視カメラを使って妹の写真を執拗に撮っているのは、普通と言えない。

 その時、ポコッと心の中にあぶくが生まれ、とある事を思いついた。

(お兄ちゃんがお父さんとよく喧嘩していたのは、もしかして私を好きだったから? お父さんは私を守ろうとしていた……?)

 さらに思考は恐ろしくおぞましく発展していく。

(お父さんはどうして死んだの? 自殺した理由はまだ分かっていないし、家族も職場の人も誰もお父さんの悩みを知らなかった)

 父の死について『これ以上考えても仕方がない』と思ったから、家族間で話題にしないできた。

 だがもしも、あの唐突な自殺の裏に冬夜が絡んでいたとしたら――。


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