有罪愛
マンションはとても高級で、ソファや大型テレビなどは最新式の高価な物ばかりなのに、生活感がない。
赤ん坊が寝かされている部屋も、段ボールや紙おむつが積み重なっている他は、ほぼ何もないと言っていい。
そんな部屋の中央で生きるために必死に声を上げている子は、つぶらな目に大粒の涙を浮かべていた。
母を求めているのか、乳を求めているのか、おむつが濡れているのか、体調が悪いのか。
『……分からない……』
――優那、あなたの考えている事がまったく分からない。
かつて長瀬が言っていたように、あなたは私を弄んでいただけだったんだろうか。
あなたを盲信していたつもりだったが、心のどこかでは『いいように使われているだけだ』と思っている自分もいた。
けれど自分の行動を疑えば、これまで私が選んできた道が間違えていた事になる。
――間違えたくない。
いつからか私は、祖父母からも両親からも、諦めた目で見られるようになっていた。
祖父は自力で会社を興した才気溢れる人で、父もスパルタ教育を受けてがむしゃらに勉強し、働いてきた人だ。
なのに私はノラリクラリと嫌な事を避けて生き、気がつけば誰からも褒められない人生を送るようになっていた。
両親の説教を聞くふりをするのも得意になり、彼らはそんな私に期待しなくなる。
人から無関心な目を向けられるのが怖くなった私は、いつの間にか俯いて歩くようになった。
そんな私に優那だけが手を差し伸べてくれたのだ。
地に這いつくばっていた蟻のような私を、彼女は両手で優しくすくい上げて人間扱いし、私に頼み事をし、頼ってくれた。
彼女がいなければ、今の私はいない。
『……あなたがいなくなったら、どうやって生きていけばいいんだ……』
たとえ愛されなくても、優那が生きていれば『頑張ろう』と思えたのに――。
絶望のあまり、ガンガンと頭が痛む。
激しい目眩を覚えていた時、チェストの上に〝瀧沢庸一さま〟と宛名の書かれた白い封筒を見つけた。
私は赤ん坊が泣くなか封筒を開き、手紙を読んでいく。
【瀧沢庸一さま。あなたがこの手紙を読んでいる頃、私はこの世にいないでしょう。もしも私の息があるうちにマンションに着いたとしても、放置して死なせてください。高校時代から、あなたには我が儘ばかり言ってしまいました。瀧沢くんが私の頼みを断らないのをいい事に、私はどんどん願い事をエスカレートさせてしまった。都合のいい扱いをしてきたのに、瀧沢くんは一度も文句を言わなかった。その根底にあるのは私への好意だと分かっていたのに、私はあなたの気持ちに応える事もしなかった。本当にごめんなさい】
今になって、私はようやく優那の想いを知る。
【今になって分かる。本当の意味で幸せになりたかったら、あなたのように何があっても私を求め、信じてくれる人を選べば良かった。でも私は自分に価値があると思いたくて、太陽のように光り輝く人に手を伸ばしてしまった。相手は三神銀行の頭取の息子、三神丈司。結婚できると思っていたら――、結局、遊ばれていただけだと分かりました。気がついた時には子供を堕ろせない時期になって、彼が別の女性と婚約発表をしたあと、私が得たのはこのマンションと月々送られてくるお金だけ……】
この手紙が優那の本音である事はすぐに分かった。
彼女はもう誰にも見栄を張る必要がないと思ったのだろう。
医者の家系に生まれて家族の期待に応えられなかった優那は、自分が医者となって名声を得る代わりに、三神に愛される事で人々に認められようとた。
――が、それの夢も淡く消えてしまったのだ。
【やっと真実の愛を見つけられたと思ったのに、あっけなく裏切られてしまいました。親とはこの子の事で大喧嘩したし、丈司が父になってくれないなら、この子を愛していける自信がない。毎日毎日この子に泣かれ続け、疲れ果ててしまいました。……だからお願い。これで最後のお願いにします。この子を、十二月二十四日生まれの樹を、あなたの子として育ててください。せめて、私と同じ二十六歳になるまでは見届けてくれたらと思います。瀧沢くんには私の預金全額と、丈司から送られてきたお金をすべてあげます。だからお願いします。私ができない分、あなたが樹を愛してあげて】
手紙を読み終えた私は、泣いている赤ん坊を見る。
この子が三神丈司の子供で、優那を死に追いやった原因だと思うと、ふつふつと憎しみがこみ上げる。
――が、私はどこまでも、優那の愛の奴隷だった。
赤ん坊は首を支えなければいけないという事だけは知っていたから、慎重に手で後頭部を支え、抱っこしてみる。
すると、ダンベルほどの重みの中に、命が宿っているのを感じた。
私の大切な優那が腹を痛め、この世に生み出した命が――。
『う……っ、うぅ……っ』
彼の存在をどう捉えたらいいか分からない。
優那を苦しめた元凶でもあり、彼女を死に追いやった男の血を引いている樹を、私だって愛していける自信がない。
――優那は最期に私にとんでもない頼みをして、勝ち逃げしたのだ。
赤ん坊が寝かされている部屋も、段ボールや紙おむつが積み重なっている他は、ほぼ何もないと言っていい。
そんな部屋の中央で生きるために必死に声を上げている子は、つぶらな目に大粒の涙を浮かべていた。
母を求めているのか、乳を求めているのか、おむつが濡れているのか、体調が悪いのか。
『……分からない……』
――優那、あなたの考えている事がまったく分からない。
かつて長瀬が言っていたように、あなたは私を弄んでいただけだったんだろうか。
あなたを盲信していたつもりだったが、心のどこかでは『いいように使われているだけだ』と思っている自分もいた。
けれど自分の行動を疑えば、これまで私が選んできた道が間違えていた事になる。
――間違えたくない。
いつからか私は、祖父母からも両親からも、諦めた目で見られるようになっていた。
祖父は自力で会社を興した才気溢れる人で、父もスパルタ教育を受けてがむしゃらに勉強し、働いてきた人だ。
なのに私はノラリクラリと嫌な事を避けて生き、気がつけば誰からも褒められない人生を送るようになっていた。
両親の説教を聞くふりをするのも得意になり、彼らはそんな私に期待しなくなる。
人から無関心な目を向けられるのが怖くなった私は、いつの間にか俯いて歩くようになった。
そんな私に優那だけが手を差し伸べてくれたのだ。
地に這いつくばっていた蟻のような私を、彼女は両手で優しくすくい上げて人間扱いし、私に頼み事をし、頼ってくれた。
彼女がいなければ、今の私はいない。
『……あなたがいなくなったら、どうやって生きていけばいいんだ……』
たとえ愛されなくても、優那が生きていれば『頑張ろう』と思えたのに――。
絶望のあまり、ガンガンと頭が痛む。
激しい目眩を覚えていた時、チェストの上に〝瀧沢庸一さま〟と宛名の書かれた白い封筒を見つけた。
私は赤ん坊が泣くなか封筒を開き、手紙を読んでいく。
【瀧沢庸一さま。あなたがこの手紙を読んでいる頃、私はこの世にいないでしょう。もしも私の息があるうちにマンションに着いたとしても、放置して死なせてください。高校時代から、あなたには我が儘ばかり言ってしまいました。瀧沢くんが私の頼みを断らないのをいい事に、私はどんどん願い事をエスカレートさせてしまった。都合のいい扱いをしてきたのに、瀧沢くんは一度も文句を言わなかった。その根底にあるのは私への好意だと分かっていたのに、私はあなたの気持ちに応える事もしなかった。本当にごめんなさい】
今になって、私はようやく優那の想いを知る。
【今になって分かる。本当の意味で幸せになりたかったら、あなたのように何があっても私を求め、信じてくれる人を選べば良かった。でも私は自分に価値があると思いたくて、太陽のように光り輝く人に手を伸ばしてしまった。相手は三神銀行の頭取の息子、三神丈司。結婚できると思っていたら――、結局、遊ばれていただけだと分かりました。気がついた時には子供を堕ろせない時期になって、彼が別の女性と婚約発表をしたあと、私が得たのはこのマンションと月々送られてくるお金だけ……】
この手紙が優那の本音である事はすぐに分かった。
彼女はもう誰にも見栄を張る必要がないと思ったのだろう。
医者の家系に生まれて家族の期待に応えられなかった優那は、自分が医者となって名声を得る代わりに、三神に愛される事で人々に認められようとた。
――が、それの夢も淡く消えてしまったのだ。
【やっと真実の愛を見つけられたと思ったのに、あっけなく裏切られてしまいました。親とはこの子の事で大喧嘩したし、丈司が父になってくれないなら、この子を愛していける自信がない。毎日毎日この子に泣かれ続け、疲れ果ててしまいました。……だからお願い。これで最後のお願いにします。この子を、十二月二十四日生まれの樹を、あなたの子として育ててください。せめて、私と同じ二十六歳になるまでは見届けてくれたらと思います。瀧沢くんには私の預金全額と、丈司から送られてきたお金をすべてあげます。だからお願いします。私ができない分、あなたが樹を愛してあげて】
手紙を読み終えた私は、泣いている赤ん坊を見る。
この子が三神丈司の子供で、優那を死に追いやった原因だと思うと、ふつふつと憎しみがこみ上げる。
――が、私はどこまでも、優那の愛の奴隷だった。
赤ん坊は首を支えなければいけないという事だけは知っていたから、慎重に手で後頭部を支え、抱っこしてみる。
すると、ダンベルほどの重みの中に、命が宿っているのを感じた。
私の大切な優那が腹を痛め、この世に生み出した命が――。
『う……っ、うぅ……っ』
彼の存在をどう捉えたらいいか分からない。
優那を苦しめた元凶でもあり、彼女を死に追いやった男の血を引いている樹を、私だって愛していける自信がない。
――優那は最期に私にとんでもない頼みをして、勝ち逃げしたのだ。


