有罪愛
 そのように、私は働きながら一生懸命冬夜を育てていった。

 しかし夜寝ていると、夢に優那の最期の姿が出るようになり、私を苦しめてくる。

 真っ青な顔に髪を張り付かせた優那は、私に手を差し伸べて『どうしてこうなる前に助けてくれなかったの』と恨みがましい目で睨んでくる。

 もっと早く優那のSOSに気づいていれば、彼女はあんな最期を迎えなくて済んだだろう。

 考えれば考えるほど、自分が罪を犯したように思える。

 私は優那に求められていたのに無視し、彼女を見殺しにしたのだ。

 ストレス過多になった私は不眠気味になってろくに物を食べられなくなったなか、必死に育児をこなした。

 その頃にはすでに、私の頭の中から北條樹という名前は消えていた。

 私が育てているのは、優那から託された冬夜だ。

 彼女は三神を恨みながら、『瀧沢くんを愛せば良かった』と後悔して最期の日々を送っていたのだろう。

 そして私さえ『父親になる』と言ったなら、三人で幸せな家庭を築けると思っていたに違いない。

『冬夜の事は、お母さんの分も立派に育てるからな』

 私は〝どこ〟を見たらいいか分からなくなった目で、息子に深い愛情を注ぐ。

 その身に纏うのは、優那が最期の日に着ていた、スポーツメーカーのグレーのスウェット上下だ。

 事情を知る者が見れば、常軌を逸していると言うかもしれない。

 けれど私はこの上なく真面目に、真剣に、優那から託された冬夜を育てていた。

 だが、砂上の楼閣のような精神での育児生活が、健全なままである訳がなかった。







 冬夜を風呂に入れている時、優那の裸を見ているような気持ちになった。

(優那もこんな姿だったんだろうか)

 そう思った私は、自分の子供を見る以上の目を冬夜に向けるようになってしまう。

 そのうち、私は『もしかしたらこの子は女の子かもしれない』と思い、冬夜の髪を伸ばして育てる事にした。

 それまで冬夜の服は青や緑を選んでいたが、黄色を着せるようになると、どんどん女の子に見えてくる。

 様子を見にきた母が『最近明るい色を着せているのね』と言うと、『気持ちが明るくなるから』と答えた。

 やがて『ちょっと髪が長すぎるんじゃない?』と口を出されると、早口にこう説明した。

『冬夜は風邪を引きやすいし、体が弱い子かもしれない。だから子供の頃は昔の風習に倣って、七歳まで女の子の姿をさせて育てようかと思って。海外でもしていた事だし、魔除けとしていいのかもしれない』

 七歳までは期間が長すぎると苦言を呈されたが、私は信心深いふりを通して自分の意志を通した。

 両親は私の子育てに胃を唱えたが、今まで親に頼りっきりの私が〝親〟の自覚を得て試行錯誤を重ねているのを見て、好きにやらせようと思ったのかもしれない。

 両親は子育てにあまり口出ししなくなり、『七歳になったらちゃんと男の子の格好をさせ、小学校でみんなに溶け込めるようにする事』と約束した上で、私の方針を尊重してくれた。







 私は冬夜をとても大切に育てた。

 艶やかな髪が伸びるたびに彼の母を思いだし、何度も丁寧に櫛で梳いた。

 ピンクのワンピースを着せると、近所の人たちは彼を女の子だと信じ『可愛いわね』と褒めてくれた。

 冬夜もそのように育てられたので、髪が長い事やスカートを穿いている事に疑問を抱いていないようだった。

 外でよその子と交流する事があっても、服の下の体がどうなっているかなんて分からないし、声変わりする前だ。

 私は彼が男の子だと気づかれないように、冬夜を女の子として大切に育てていった。







 そして夜ごと悪魔が目を覚まし、自分の隣で寝ている子は優那だと思った私は、彼女の柔らかな体を触って口づけるようになる。

 私は眠っている〝彼女〟を起こさないように、優しく全身にキスをしていく。

 ――優那、本当は僕に愛されたかったんだよね。

 ――僕がちゃんと愛して守ってあげるから、もう怯える必要はない。

 優那を愛しているはずなのに、私は毎晩毎晩、止まらない涙を流し続けていた。







 歪な親子関係を結んで、それでも平和に過ごしていた二十九歳の二月のある日――。

 滅多に鳴らない携帯電話が着メロを奏で、メールの受信を知らせる。

 液晶画面に映った名前は、今となっては懐かしい長瀬涼子だ。

【瀧沢先輩、いきなりすみません。先輩しか頼れる人がいなくて連絡してしまいました。会えませんか?】

 ただ事ではない様子に、私は表情を曇らせる。

『お父さん、どうしたの?』

 ソファに寝そべりテレビを見ていた五歳の冬夜が、私の様子を見て尋ねてくる。

『……ちょっと一緒にお出かけしないか』

『うん!』

 冬夜の明るい返事を聞いたあと、私は長瀬に返事を打った。



**
< 55 / 76 >

この作品をシェア

pagetop