有罪愛
 けれどもう、囚人服のように思えるグレーのスウェットを着るのにも疲れてしまった。

 優那が最期に着ていた服で子育てをしようと思ったが、色のない服を着続けているうちに、自分の人生もグレー一色のようだと、心が萎びていった気がする。

 興味を持つのは冬夜と子育てだけ。

 たまに普通の家族のふりをして外出をした時、遊園地やファミリーレストランで喜ぶ子供たちを見て嬉しくなった気持ちは、まやかしだったに違いない。

 私は最後まで〝親〟にはなれなかったのだ。







 十八歳になった冬夜が家を出る時、私に保証人になられるのを嫌がった彼は、祖父母に事情をすべて話した。

 両親に呼ばれた私は、凪いだ気持ちで実家に向かい、父の激しい怒りと母の嘆きをぶつけられた。

 すみません。ろくな息子じゃなくてすみません。

 私だってどこから間違えたのか分からないんだ。

 少年期に感じていた不安を打ち明けたとして、あなた達は親身になって聞き入れてくれただろうか。

 あなたは自分や父のように優秀な成績を収める事のできない私を、いつも諦めた目で見ていた。

 言葉で責めなくても、子供は親の失望を敏感に受け止めるものだ。

 そして見放されるのが怖いから、自分からは決してネガティブな話題をできない。

 本当は他の子のように、勉強で分からなかったところを父さんに聞きたかった。

 父さんが趣味にしている、釣りの良さを教えてもらいたかった。

 母さんがなぜ、『疲れた』と言っているのに庭の手入れをし続けているのか、教えてほしかった。

 そこにある魅力、良さを子供である私にも共有してほしかった。

 ……でももう、何もかもが手遅れだ。

 不出来な私は自分なりに生き方を模索し、相談できる相手を持たず、周囲を欺きながら破滅の道を歩んでしまった。

 もう、怖れも怯えも何もない。

 あと数年、冬夜が二十六歳になって四月を迎えたら、私は優那のもとへ行く。

 心にあるのは『死んで楽になれる』という安らぎだけだ。

 身に纏っているグレーのスウェットは、殉教者のように白く染まってくれるだろうか。

 いつからか〝その日〟を待ちわびるようになった私は、朝早くに起きて、ベランダから朝陽が昇る様子を見る事を日課にした。

 あとどれぐらい日が昇って落ちたら、この歩みを止めても許されるだろうか。

 妻と子供を遺して死ぬ私を、世間の人は『自分勝手な父親』と思うだろう。

 私が冬夜にした事、涼子を妻として扱わなかった事、春佳に興味を持たなかった事、そもそも冬夜を連れ去った事を知られれば大罪人のレッテルを貼られる。

 けれど涼子は私の〝共犯者〟だから、誰にも言わないと信じている。

 冬夜にしても、妹を失望させたくない一心で生きているから、自分が性被害者だと名乗り出る事はないだろう。

 そのような犠牲の中、私の秘密は守れる。

 世の中にはきっと、このように表沙汰になっていないだけで、聞くもおぞましい事件が多くあるのだろう。

 だが、身勝手な願いが叶うなら、妻と子供たちには穏やかに生きてほしい。

 私なら、死後の責め苦をどれだけでも受ける。

 彼らが普通に暮らせるのなら、私は何も弁明せず、黙って死んでもいい。

 そして最期は、愛する人に命のバトンを渡したい。

 優那が遺体となって想いを託したように、私も冬夜の前で死を選び、想いを託したい。

『……迷惑だと言われるんだろうなぁ……』

 私は父に殴られて腫れた顔で笑い、居酒屋で日本酒の入ったグラスを傾ける。

『でもそれが父さん(わたし)の愛し方なんだ。諦めてくれ』

 小さく笑った私は、冬夜なら春佳をだしにすれば簡単に煽れるだろうと見当をつけた。







 春佳のスマホを隠して連絡をつかなくし、彼のマンション前で待ち伏せて意味深な事を言うと、息子はたやすく私への殺意を強めたようだった。

 ――これでいい。

 私は安らぎと満足感を得て、冬夜が行動を起こすXデーを待った。

 やがて涼子が『温泉のチケットが当たった』と言い、私はその時が近い事を知る。

 頭のいい冬夜の事だから、用意周到に計画を立てるに違いない。

 そう思うと、最期ぐらい親らしい事をしてやりたいという想いが沸き起こった。

 冬夜を犯罪者にするのは忍びないから、自分で飛び降りて死ぬと決める。

 事前に調べれば、やはり家の中で死ねば訳あり物件になってしまうから、飛び降りるなら共用部からだ。

 自分が死んだ時の事を弁護士にも税理士にも相談しておいたので、あとの事は心配ない。

 私の死後、弁護士には両親に『出来の悪い息子で申し訳なかった』と詫びる手紙を渡してもらい、この遺書……とは名ばかりの、長い独白を家族に遺す事にした。

 涼子は私の事情や想いを知っている訳だが、子供たち二人にとって私は〝謎の人〟であり、特に冬夜にとっては〝化け物〟だっただろう。

 冬夜は私のすべてだから、憎まれたまま終わっても構わない。

 でも、最期に私には私なりの理由があったと知ってもらえたら、後悔する事なく逝く事ができる。

 勝手な事を言ってすまない。

 きっとこれを読んでいる時、冬夜はトラウマを思いだし、怒りと屈辱を感じているだろう。

 春佳も大好きな兄と私の関係を知り、この世に救いなどないと思っただろう。

 心から、申し訳なく思う。

 三人とも私を許さなくていいし、こんな酷い父親など忘れていい。

 普通に生きられなかった男の事は忘れて、お前たち三人は普通の人として生を謳歌してほしい。

 冬夜の人生を台無しにした私が言える言葉ではないが、お前たちぐらい若ければ、きっとどんな道でも歩んでいける。

 三人とも、私ではない人のもとで幸せになってくれ。

 他人は私たち家族を、血の繋がらない寄せ集めだと言うだろう。

 血縁関係がなく、まともな愛情を抱けず、父親、母親、子供の役割を持った役者が〝家族〟という名の劇場で演技しているだけだ。

 私はいい父親ではなかったし、人にあるまじき罪深い行いをした外道だ。

 地獄に身を浸せば、どんな凡庸な者でも鬼になる代表例と言える。

 私には子供の幸せを願う資格はないだろうが、冬夜が私という鬼から逃れ、人らしい幸せを掴む事を願ってならない。

 無関心を貫いてしまった春佳がとてもいい子なのも分かっているし、冬夜が春佳を想うなら二人で幸せになってほしい。

 私は二人と血縁関係はないし〝親〟を名乗れる身でもない。

 けれど最期に、こんな私と〝家族〟になってくれた涼子と冬夜、春佳に心からの感謝をし、心からの侘びをしたい。

 仮初めの家族であっても、テーマパークや旅行に行った時は家族らしい事をできていると思ったし、一時的にでも自分が〝普通〟になれている気がした。

 ありがとうございます。

 こんな私と最期まで家族でいてくれた涼子と、こんな私に生きがいを与えてくれた二人の子供たちに心からの愛を込めて。




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