有罪愛

残酷な現実を知った兄妹

 手紙はそこで終わっていた。

 もう一枚便箋が残っていたので、冬夜は疲れ切った顔でそれを捲る。

【追伸 優那の実家の住所と、三神の現在の住所を記しておく。どうするかは任せる。冬夜のメールも削除しておいたから、心配しなくていい】

 そう書いた下には、それぞれの住所が記してあり、ご丁寧にも北條優那の両親のフルネーム、三神家の家族のフルネームが書いてあった。







 冬夜は長い溜め息をつき、面会室の壁に背中を預ける。

 春佳もまた呆然として追伸を読み終えたあと、力なく遺書をテーブルの上に置いた。

 しばらく、どうにもならない沈黙が落ちたあと、春佳はノロノロと冬夜を見た。

 強く憧れ、異性として見てしまいそうな〝兄〟は、血の繋がりのない他人だった。

 母は記憶にある姿より覇気を失い、一回り小さくなったように見える。

 春佳にとって母は、何を考えているのか分からない、つかみ所のない人だった。

 物心ついた時から向精神薬を飲み、自分を見ては怒鳴り、かと思えば必要以上に心配する、適切な距離感をとれない人だった。

 でもそれが、レイプされて生まれた娘と、どう接していいか分からない結果なら……。

 母が向精神薬を飲んでいたのは、夫が異常性愛者だったからという理由だけではない。

 レイプされ、心に深い傷を負っていたからだった。

「う……っ、うぅう……っ」

 春佳は嗚咽を漏らし、両手で口元を覆って泣き始める。

 ――自分はずっと母を勘違いしていた。

 ――母もまた、被害者だったのだ。

 ――加えて、ずっと〝冬夜〟と思っていた兄は〝樹〟だったし、長年父親と思っていた人は血の繋がりのない他人だった。

 ――もう、訳が分からない。

 冬夜は嗚咽する春佳の肩を抱き、唇を一文字に引き結び、自身も肩を震わせる。

「お母さん……っ、私を、憎んでた……っ!? 私、生まれないほうが良かった!?」

 春佳は涙声で尋ね、己の存在意義を確かめようとする。

 泣きじゃくる娘を見て、涼子は今までと変わらない表情で答えた。

「……私も庸一さんもね、本当の愛がどんなものなのか分からないの。彼は血の繋がらない家族を養い、私はいきなり二児の母になった。一人は血が繋がっていない上に大嫌いな女の息子。もう一人はレイプされたできた娘。……一生懸命愛そうと努力したわ。でも私は聖母マリア様じゃない。自分の心が傷だらけになのに、訳ありの子供たちを無条件に愛すなんてできなかった」

 涼子が口にした〝事実〟は、飾らないがゆえに生々しい真実味があった。

「あんた達だって本当の愛情なんて分からないでしょう? 冬夜は父親に虐待されて女性不信になり、極度のシスコン。春佳は兄以外の男性が苦手で毒母持ち。……こんな異常な家族がどうやって〝普通の愛情〟を知るって言うの?」

 もう涼子は、以前のようにギラギラとした憎しみを放っていなかった。

 凪いだ海のように淡々とした彼女は、庸一の死を経て今までの負の感情を捨て去ったように見える。

「……すべて、あいつの掌の上だったって事か……」

 深く溜め息をついた冬夜に、涼子は淡く笑いかけた。

「冬夜はもう二十六歳だし、春佳も大学を卒業したら成人する。私はこれから好きに生きるから、あんた達もそうしなさい。春佳の大学費用はお父さんが遺してくれているし、私も遺産でなんとかやっていける。……もう、家族ごっこは終わりにするの。小石川のあのマンションも引き払うわ」

 春佳は憑きものが落ちたような母の顔を見て、理解した。

 ――お母さんは抱え続けていた秘密を打ち明けて、楽になったんだろうね。

 ――自分に振り向かない想い人(おとうさん)が亡くなって、意地を張り続ける理由がなくなったんだ。

 ――そして私たちに真実を教える事で、すべてから解放されようと思ったのかもしれない。

 ――なら、私たちだって……。

「……そうだな。……そうしたほうが一番いい」

 冬夜は深く長い溜め息をつき、横を向いて涙を流す。

 涼子はそんな二人を見つめていたが、やがて遺書を纏めて封筒に入れると立ちあがった。

「遺書は私が預かっておくわ。〝理由〟を知った以上、あんた達には不要でしょ。私は形だけであっても、好きな人の妻になれた。この手紙は庸一さんが最期に遺してくれた物。だからこれを持っていられるのは私の特権だわ。……あんた達の遺産はあるから、そこは安心して。庸一さんの遺志が籠もったお金を、横からとったりしない」

 涼子は庸一にどんな仕打ちをされても、最期まで彼を愛していた。

 妻でい続けた彼女は、死後になってようやく夫を独占できたのかもしれない。

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