有罪愛

終章

 そしてほどなくして三神の秘書から連絡があり、樹と三神丈司との親子関係が認められたと報告があった。

 再度秘書と会った樹は、二度と三神丈司の前に現れず、彼の家族にも接近せず、この事をマスコミにリークしないと誓約書を書き、望む金額を手にした。

 北條夫妻は年を越したあと、三神家に連絡をとると言っていた。

 想像するだけでワクワクする修羅場になるだろうが、樹はもう関わらない相手だ。

 なので、北條夫妻が結果報告をしてくれるのを大人しく待つ事にした。







「どっか行きたい所はあるか? 外国とか。住みたいマンションでも構わないし」

 リビングで春佳がスマホを弄っていると、隣に座った樹が肩を組んで尋ねてくる。

 いまだこういうスキンシップは慣れないが、少しずつ慣れていかなくてはならない。

 今はまだ大学生で、イチャイチャすると樹の事で頭が一杯になってしまうので、「卒業するまで待って」と言っているが。

「無事に添乗員になれたら、仕事であちこち行くようになるんだよ」

「その前に予行練習してもいいだろ。新婚旅行とか」

 樹は少しつまらなそうに言ったあと、楽しそうに口角を上げる。

「無駄遣いしたら駄目だよ」

「……ったくお前はまじめだな。五億もあるんだから、パーッと使っておかないと。今まで辛酸を舐めた分、豪遊して少しでも幸せ気分を味わおうぜ」

「五億?」

 三神から受け取ったのは六億なのでは……と思って目を瞬かせると、樹は視線を逸らしてボソッと言う。

「もう二度と会わないだろうから、あの女に一億渡す。ガバッと渡したら贈与税がかかるから、少しずつ振り込む形だけどな」

 樹が〝あの女〟というのは一人しかいない。涼子だ。

「……いいの?」

 樹は養母を毛嫌いしていたはずだ。

 そんな彼が一億もの大金を彼女に渡すと思っていなかった。

「手切れ金だよ。これからの春佳の人生は俺がもらう。……それに、あんなんでも一応、春佳の母親だから。……少しは気の毒な部分もあったし」

 ふてくされたようにボソッと言う樹は、照れているのか不本意だからか分からない。

 けれど彼の優しさを理解した春佳は、ニコッと笑って樹に体を寄せた。

「ありがとう」

「礼を言われるような事はしてないって。手切れ金だ」

「でも、ありがとう」

「……ったく」

 ニコニコした春佳に毒気をなくした樹は、溜め息をつくと恋人の髪をサラリと撫でた。

「……春佳」

 かつて妹だった彼女の名前を呼ぶ声には、いまだ定まりきらない感情がある。

 けれど一人の男として接していくと決めた以上、ぎこちなくても歩んでいかなくてはならない。

 瀧沢家が寄せ集めの家族だったように、自分たちも不自然な形から恋人を始めた。

 それでも〝本物〟にはなれるはずだ。

 春佳は自分を熱っぽく見つめる、自慢の兄だった人を見つめ返し――、目を閉じた。

 合図を確認した樹は、静かに春佳にキスをした。

 時は十二月下旬。

 室内に立派なクリスマスツリーが飾られたなか、二人は幸せの象徴と思えるクリスマスソングを聴きながら、甘いキスを続けた。



**



「ハッピーエンドで良かったじゃん」

 十二月二十四日、春佳は千絵と共にカフェでケーキをつついていた。

「でも千絵がお兄……、樹に協力してたなんて思わなかった」

 親友を軽く睨むふりをすると、千絵はケラケラと笑った。

「ごめんごめん! でも、今は幸せそうで良かった。結婚は卒業したあとだって?」

「うん。本当はすぐ結婚したいけど、学生のうちはちゃんと勉強して、添乗員になる夢を叶えたい」

 言ってから苺のケーキを頬張ると、千絵が満足げに微笑む。

「春佳のそういうとこ、好きだな。色々あってもやる事を疎かにしない。偉いよ」

「ふふ、ありがと」

 褒められた春佳は面はゆそうに笑い、カフェラテを飲む。

「買い物、付き合ってくれてありがとね」

「ううん。デートうまくいくといいね。報告よろ!」

 カフェに入る前、春佳は千絵に付き合ってもらってハイブランドショップに入った。

 初めて入るラグジュアリーな場所にビクビクしながらも、貯めたバイト代で樹にネクタイを買ったのだ。

「喜んでくれるといいな」

「絶対喜んでくれるよ。……っていうか、樹さんの場合、ぶっちゃけネクタイより春佳自身をプレゼントしたほうが嬉しいと思うけど」

 ニヤニヤした千絵に言われ、春佳は赤面する。

 色々な事が起こり、すべてが〝終わった〟今年のクリスマスイブ――樹の誕生日は、とても大切な日だ。

 だからバイト先の人に頼み込み、休みを交換してもらった。

 冬夜も月曜日の有給をとったらしい。

 それを千絵に教えると『これ買いな!』と、下着ショップにつれて行かれ、レースの白い下着セットを買わされる羽目になってしまった。

(果たして……。喜んでもらえるのか)

 今夜の事を思って赤面していると、カフェの入り口から入ってきた男性を見て、千絵が立ちあがった。

「じゃあ、私はそろそろ行くね! 合コンでうまくいった社会人とこれからデートなんだ!」

「いってらっしゃい」

 親友に手を振ったあと、春佳は席に近づいてきた男性(ひと)を見て、とろけるように微笑んた。

「メリー・クリスマス、&ハッピー・バースデー」




 この世で一番大切な人の誕生日を祝うと、聖夜に因む名を持つ、かつて兄だった男性はこの上なく幸せそうに笑った。









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