5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。


佐原の表情から、ようやくあの刺すような殺気が消えた。

俺も、知らず知らずのうちに止めていた息を吐き出し、
心のどこかで安堵していた。


「……分かった、分かったよ海緒ちゃん。だから、もう泣かないで、ね? せっかくの可愛い顔が台無しになっちゃうよ」


海緒に向ける佐原の顔は、いつもの軽薄で、それでいて優しい「先輩」のそれだった。

けれど、一転して床に這いつくばる女たちに向けた視線は、凍りつくほどに冷たく、鋭い。


「海緒ちゃんに免じて、もうこれ以上のことはしないけど。俺も翔も、お前らのこと許してないし、許す気なんてないから」


女たちが何か言い訳をしようと口を開きかけるが、
佐原はそれを許さなかった。
流れるように、けれど一言一言に逃げ場のない圧力を込めて言葉を紡いでいく。


「……次、海緒ちゃんに手を出したら、その時は本気で殺るから。この男たちにも、金輪際近づくなって伝えろ。分かったか」


もはや戦意を喪失したのか、絶望に打ちひしがれたのか。女たちはだらしなく床に座り込んだまま、幽霊のように小さく頷いた。

それを見届けた、次の瞬間だった。

俺のすぐそばにいた海緒の体が、
糸が切れた人形のように、ふらっと大きく揺れた。


「……海緒っ!」


俺は慌てて手を伸ばし、その華奢な体を、壊れ物に触れるような手つきで優しく受け止めた。

張り詰めていた緊張の糸が、ようやく解けたんだろう。

俺の腕の中で意識を沈めていく彼女の重みを感じながら、俺はもう二度と、この温もりを危険に晒さないと自分に深く誓った。
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