クールな機長は契約恋人の副操縦士を離さない
 六郷土手のアパートには隼人さんの車で連れて行ってもらった。
 アパート前にはもう警察車両はなく、見た所はいつもと変わらない風景に見えたが、二階の自分の部屋に入った途端、空き巣は本当にあったんだと認めるしかなかった。

 部屋の電気を点けると、私の日常が無残に踏みにじられた光景があった。
 クローゼットの衣類はすべて床に引きずり出され、引き出しは乱暴にひっくり返っている。実家から持って来た古い本棚はなぎ倒され、床にはお気に入りだったマグカップが粉々に砕け散っていた。

 膝から崩れおちそうになるのを、後ろから隼人さんが支えてくれた。
「大丈夫か?」
「……すみません。覚悟していたんですけど、実際に見るとショックですね」
「当たり前だ。お前の大切な場所を荒らされたんだから」
 狭い六畳のワンルームを大切な場所と言ってもらえたことが嬉しかった。
「……ありがとうございます。狭くて古い所ですが、私にとっては必死で守って来た城だったんです」
 声を震わせながら言うと、隼人さんは私を支えていた両肩をより一層強く握った。
「俺にとってもこの部屋は大切な場所だ。初めて瑞希の部屋に上がった時、温かみを感じて、安らげた」
 隼人さんが毎日のように泊まりに来ていたことが浮かび、笑みが浮かぶ。
「狭い布団で一緒に寝てましたね。今日はできそうにありませんけど」
「今夜は俺の所に来い」
「……いいんですか?」
「当たり前だろ。恋人なんだから」
 隼人さんがぐりぐりと私の頭を撫でる。
「……それは契約恋人だから……という意味ですよね?」
 恋人という意味を勘違いしてはいけないと思い、尋ねると、沈黙が降って来た。
「隼人さん?」
「貴重品を確認して、必要な荷物をまとめろ。片付けは明日、俺が手配した業者がやるから。心配だったらお前も立ち会え。明日はオフだろ?」
 私から離れた隼人さんは急にコックピットにいるようなクールな機長の表情をして、指示を出した。
 質問をはぐらかされた気がする。急にどうしたんだろう?
 隼人さんの表情を窺ったが、彼は散乱した室内に視線を移し、状況を冷静に分析しているようだった。
「明日はオフです。荷物まとめます」
 これ以上深く追求できる雰囲気ではなく、大人しく従った。
 散乱したクローゼットの引き出しを確認すると、幸いにも通帳や印鑑は残されていた。現金も手をつけていないようだ。だけど――。
「……ない」

 一番奥に仕舞ったはずの、隼人さんとの『契約書類』だけが、どこを探しても見当たらない。まさか、あれだけを狙ったんだろうか? でも、一体誰がどんな目的で?

 一瞬、オフィスで会った水沢さんの思い詰めたような顔が脳裏をよぎるが、慌てて首を振った。

「瑞希、どうした?」
「あ、いえ……なんでもありません。行きましょう」

 私は隼人さんに書類のことを言い出せないまま、最低限の着替えを詰めたボストンバッグを手に取り、住み慣れた部屋を後にした。
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