静寂のカンボジア

第7話 国際協力の新しい形 -Angkor Thom

 11時を回り、太陽がかなり高くなってきた。影が短い。強烈な陽射しが頭上から照りつける。萌えるような草の臭いを嗅ぎながら、真っ直ぐに伸びる赤土の道を歩く。

 バイヨンの北はかつて王宮だったエリアに当たる。北大門へと続く参道の左側に、有名なものだけでもバプーオン、ピミアナカス、象のテラス、癩王のテラスと、宮廷建築のコンプレックスが並んでいる。崩壊がかなり進んでいるものもあり、ところどころで修復工事が進められているが、人手や資金の面で苦労が絶えないようだ。ここにもポル・ポト時代が暗い影を落としている。

 クメール・ルージュが理想とした社会は原始共産制だった。そこでは国民はすべて「労働者」でなければならず、「労働者」とはすなわち汗と泥にまみれて働く農民だった。都市住民、中でも知識階級はアメリカ帝国主義に毒された存在とみなされた。

 こうした政策は当然の帰結として「知識人狩り」へとつながっていく。教師が、医師が、僧侶が、次々に殺されていった。政権が崩壊しポル・ポト派が国境のジャングルへと逃げ込んだとき、カンボジアには国を立て直すために民衆を指導するべき知識人層は殆ど残っていなかった。

 遺跡の修復は泥壁造りとは違う。発掘し、調査研究し、その上で保存のための修復が施される。ブルドーザーやパワーショベルが何台あったところで、考古学者や歴史学者がいなければ作業は始まらないのだ。

 象のテラスに上ってみた。300m以上にわたるという長大なテラスの側壁には、名前の通り夥しい数の象のレリーフが彫られている。参道を挟んだ向こうは王宮前広場。今は野原と化しているが、かつて歴代の王たちが戦時に閲兵を行い、平時には歌舞音曲を楽しんだ場所だ。

 野原の奥、木立の近くにも遺跡があった。小さい祠のような塔が規則正しく並んでいる。いくつかは足場が組まれ、青いシートが掛けられている。

「あれは日本の大学ですね。上智大学です」
「修復ですか」
「修復もしますが、それよりも、自分たちの手で遺跡を調査し保存するやり方をカンボジア人に教えてくれているのです」

 確かに、遠目でよくわからないものの、働いているのは日本人ではなさそうだ。

「ポル・ポト時代に考古学者はカンボジアからいなくなってしまいました。こんなに素晴らしい遺跡があるのに、私たちカンボジア人にはそれを護るための知識や技術がありません。だから、このような形で日本が貢献してくれることは、とても嬉しく思います」

 国際貢献というと橋や道路など、いわゆるインフラ整備に目が向きやすい。カネを出してモノを作れば結果が目に見える形で残るので、後々の評価もしやすいし、何より達成感が得られる。もちろんそれはそれで役立っているのだろうが、現地のニーズは必ずしも建設だけとは限らない。

 青年海外協力隊のサイトを見ると、技術者や医療関係、教師など、実に多くの職種を募集している。海外でボランティア活動に携わるNGOや個人も増えている。開発途上とされる国の多くは、カネやモノよりむしろ人、さらに言うならその人が持っている専門知識やノウハウを必要としているのだ。

 湾岸戦争時、日本は「カネは出すが人は出さない」とアメリカに散々叩かれた。とんでもない。こうして立派に人を出しているではないか。アメリカのように人を殺すためではなく、人類史への貢献とカンボジア国民の尊厳を回復するために。

 僕の考える考古学は、これまで古代のロマンや好奇心の探究といったイメージだった。だが、目を輝かせながら話すガイドを見ていると、思った以上に国際協力と分かち難く結びついていることがわかる。やりがいのある仕事だ。
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