シンデレラ・ララバイ
 
 
忙しくしているうちに、あっという間に一ヶ月が経った。

保育士の三月は、目が回るほど忙しい。
卒園式のピアノを練習しながら、合間に保育記録を書いて、教室の掃除をして、クラス編成の会議に出る。気づいたら一日が終わっていた、という日が続いた。

その中で、徹からちょくちょく、というか二、三日に一度連絡が来ていた。

基本的には雇用についてだが、たまに楽しみですね!とか、今日はこんなお弁当食べました!とか、日記か?というものも送られてくるので、一花はスタンプだけで返していた。



四月からは、平日は心の家に住み込みとなった。
心が寝た後に一人にできない、一花の家まで三十分かかる、部屋は余っている。三つの理由を並べられて、一花はまた、気づいたら頷いていた。

つまり同居ってこと?と思ったが、土日は家に帰っていい、週二休みは必ず保証しますという文章と、ご丁寧に長々と送られてきた雇用契約書には高待遇が並んでいて、流されてしまった気がする。



そうして、あっという間に初勤務の日。


心の起床に合わせて早めに出勤し、朝の支度と準備などを済ませて保育園に送り届ける。

「帰ってからも一花先生いる!?」
「いるよ、お迎えも先生が行くからね」
「わーい、今日からゾウ組さんなんだよ!」
「そうだよね、年長さんカッコいいよ!頑張ってね」

目をキラキラさせながら喜ぶ心の髪の毛は、時間があったから少し凝った髪型にした。
手先は器用なので、女の子の髪の毛を結ってあげるのは得意な方だ。

少し迷ったが、徹にその写真を送ると、すぐに既読がついて、返信が来た。
【可愛すぎて泣きそうです】
その文字を見つめて、一花は少し笑って、スマホをポケットにしまった。


保育園最後の年、楽しんできて欲しいと心から思う。

家の中は好きに使って欲しいと言われていたので、物の場所や配置を確認したく、一通り見た。
一花のために用意された部屋は、十畳ほどの部屋で、ベッドやドレッサーなどが用意されていた。
空の本棚も置いてあり、好きに本でも持ち込んで良いということだろうか。

「それにしても暇…」

業務内容としては、シッターになるわけだが、心は十五時ごろまで保育園だ。
朝送り届けてから何もすることがない。
掃除でもしようかと思ったが、家政婦を別で週一で雇っているらしく、部屋は綺麗だった。

この時間もお金が発生しているのに、ソファでダラダラしているだけなのは、性分的に耐えられない。
そう思った一花は、買い物に出かけた。




「一番近いのがオーガニックスーパーって、さすが…」

お金持ちの家が集まっている地域では、安売りスーパーなど存在しないらしい。一花は独り言を思わず漏らしながら、買い物を終えた。

元々自炊はする方だったので、料理はそれなりにできる。
保育園の献立を思い出しながら、カレーとハンバーグ、ポテトサラダを作った。
家政婦さんの作り置きも美味しそうだが、今日は進級初日。
頑張った心が喜ぶメニューの方がいいだろう。

「一花先生ー!」
「おかえり心ちゃん!」

心を迎えに行くと、職員たちは一花の状況を知っていた。
ミーハーな園長が話したらしい。
個人情報でしょ、と一花は思いながら、苦笑いで昨日まで勤務していた保育園を後にした。

今までは遅い迎えだったので、降園後はすぐに家に帰っていたが、十五時のお迎えになるとすぐに家に帰るにはまだ早い。
公園に寄ることを提案すると、目を輝かせた心を連れて、たっぷり公園で遊んでから帰宅した。

「心、カレー大好き!」
「知ってるよー、だから作ったんだよー」
「一花先生が作ったの!?すごーい!」
「ありがとうー!今日は心ちゃんが頑張ったから、ハンバーグもあるよー!」
「心、これ明日の朝も食べたい」
「ふふ、いいよー!ポテトサラダも食べようね」
「うんー!」

一花が一緒に住むことは、昨日聞いたらしい心は、一日中嬉しそうだった。
それが伝わる可愛らしい態度に、一花も自然と笑顔になる。




「…とまあ、こんな感じでした」
「一花先生…お料理も上手だなんて…銀座の大将に見ていただきましょうか」
「やめてください」

二十一時過ぎ、帰宅して、カレーにハンバーグを乗せて頬張る徹に、心の様子を報告する。

「そういえば、すみませんお渡し忘れていました」
「なんですか?」
「すべての買い物はこちらのカードで、移動はタクシー使ってくださいね」
「いえ…」
「これは業務にかかる経費ですので」

カレーから視線をあげて、徹は一花を見つめてニコリと微笑む。
数回しか会っていないが、こういう時の徹に抵抗しても、それを上回る理屈でねじ伏せられるとわかってきた。

「わかりました…」
「タクシーは、僕のアカウントを共有しておくので、そちらで配車してください。支払いも自動ですから」
「はい…」

徹の言葉を受け流しながら、一花はカレーとハンバーグを美味しそうな表情で食べる徹を見つめた。
気を遣ってちょっとお高めのカレールウを使用したが、庶民的なもので良かったのだろうか。

「…美味しいですか?本当に」
「え!?美味しいですよ!?おかわりしようと思っていたところです!」
「良かった、社長さんなので美味しいもの沢山食べていらっしゃるかなと思って…」
「そういう機会は確かにありますが、自ら好んでは行きませんね。家系ラーメンとか、時間があると食べに行ったりしますよ」
「そういうのも食べるんですか」
「全然普通に好きです、そういうの」

徹はそう言うと立ち上がり、宣言通り、キッチンにカレーのおかわりをしに行った。
作って良かった、と一花も笑みが溢れた。
時間も潰れるし、お役に立てるならそれが一番いい。

「一花先生、本当にありがとうございます」
「いえ」

おかわりを皿に盛って戻ってきた徹は、向かいに座る一花に、改めて頭を下げた。

「十五時にお迎えなんて、僕じゃ無理でした」
「…」
「シッターも固定の方がうまく見つからなかったので、ここ最近はずっと十九時までで、心には寂しい思いをさせていたと思います」
「いえ…」
「本当に、このお話を受けてくださって、心から感謝いたします」

深々と頭を下げる徹に、一花は小さく返事をした。
顔を上げた徹の目が、少しだけ赤かった。
見なかったことにしようと思って、一花はカレーに視線を落とした。


元担任として、心が楽しそうに、嬉しそうにしているのは嬉しい。
保育園での勤務は、それはそれで楽しかったが、そう言ってもらえると引き受けて良かったと思う。

「今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

いい関係になっていけたらいいな、そう思って、にこやかに笑う徹に、一花も笑顔を返した。
向かいに座るこの人が、思っていたよりずっと笑顔の似合う人だということには、まだ気づかないふりをした。
 
 
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