シンデレラ・ララバイ
 
 



『なんで一花先生いないのー!!!!』
『ごごごごめんなさい、先生、来てください…!!』

一花は一週間ぶりに帰った、自宅のベッドの中でスマホを耳に当て、飛び込んできた徹の声に、ため息をついた。
今日は、休みだったはずだった。



『先生がいないとイヤー!』
『心、パパは?』
『パパじゃなくて先生がいいー!』
『うっ、グス』
『なんでベソかいてるんですか…』

週二の休息はしっかりと確保してください、という契約なので、金曜の夜、いつものように心の寝かしつけをしてから帰宅した徹と交代で、そのまま家に帰った。

遅いので明日の朝でも、と言われたのだが、ゆっくり一人で朝寝坊したかったので断った。
まだ電車もある時間帯だったが、タクシーを呼ばれ、有無を言わせず乗り込むように言われてしまったので、これからはひっそり出ることも考えなくてはいけないかと思っていたほどだ。

そうして土曜の朝、朝八時にスマホの振動で起こされ、スマホを開くと着信履歴が十件。
そして冒頭の電話に繋がるということだ。






「すみませんお休みのはずだったのに…」
「いいですよ、心ちゃんが保育園に行っている間、楽させて頂いていますし」
「こういう場合もあると想定できなかったのは僕の落ち度です…雇用契約書を練り直しましょう…」

元々昼間は、食材の買い物にたまに行ったり、料理を作ったりする程度しかしていないので気が引けていたところだ。
徹が勝手に配車した、家の前で待っていたタクシーに乗り込み、徹の家の近くの公園に来ていた。
目に涙を溜めていた心だったが、一通り一花に甘えると、元気に遊具に向かって走って行った。

確かに、平日はいるけど土日はいないなんて勝手な大人の都合だ。
いくら元担任とはいえ、いきなり環境が変わって戸惑っている時にそれを理解しろというのは酷なのかもしれない。


「心…いつの間にかブランコにも怖がらずに乗れているんですね」
「…近くで見守っていましょうか。フォローできるように」
「フォロー?乗れてるのに?」

一花は、心が一人で楽しそうに乗っているブランコのそばに徹と立ち、支柱に貼られたシールを見せる。

「このブランコには六〜十二歳と書かれたシールが貼ってあって、保育園では、これに該当しない子どもには使わせません」
「え、そしたら下ろしたほうが…?」
「園は集団行動の場ですが、家庭では保護者の判断です。けど、そこには責任も生じると思ってて」
「はい…」

心は楽しそうにブランコを漕いでいる。
乗れてはいる。
ただそれはきちんと管理された上でなければいけない。

「「できた」と達成感を持たせることは大事ですし、挑戦する気持ちも認めてあげたい。でも「できた」が失敗した時に、フォローしてあげる体制が必要なので」
「一花先生…かっこいいです!!」
「え?」

思わず一花は隣の徹を見る。
目を見開いてキラキラさせている姿は、またしても犬のようだ。
一花は思わず徹から目を逸らし、心に視線を戻す。

「…すみません」
「さすがです!プロなお仕事と視点!確かにその通りです!」

徹はそう言うと、ブランコを漕いでいる心の隣にしゃがみ込んだ。
何かあったときにフォローが取れる姿勢、を自分で考えたのだろう。
一花はその後ろで、その姿を見つめながら、もう一つ気になっていたことをついでに、と告げる。

「……そういえばお父さん、今日わざと心ちゃんに電話口で喋らせましたよね?」
「ぅえっ」
「子どもを使って気持ちを代弁させるのは辞めてください、普通に言われても、私行きますから」
「はい…すみません…」

心は、ブランコに飽きたのか、徹の手を引いて、あっちの遊具に行くー!と走っていった。
一花もそれについていく。
見ててね!と滑り台に登り始めた心を見守りながら、一花は続けた。

「たくさん言ってすみません…お父さんが大変なのも分かってるのに、追い打ちを」
「…徹です」
「え?」

思わず隣に立っている徹を見上げるが、視線は合わなかった。
心が滑り台のてっぺんの踊り場で、手を振っている。

「お父さんではなく、名前で呼んでいただけると嬉しいです…」
「確かに、雇用主をお父さんはおかしいですよね」
「あ、そういう意味では、なくて」

少し間があって、徹は先ほどよりも小さい声で言った。

「…徹、と呼んでいただけると」
「はい…」

徹さん。そう口にしようかと思ったが、なんとなくしなかった。
胸の中でそう呼ぶと、少しだけ気恥ずかしいような気持ちになった。
心が滑り台で滑り始めたので、それを迎えに行くふりをして、その場を離れた。
 
 
 
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