極道シングルファザーの甘く危険な独占愛
 羽衣子は兄を部屋へ通すと、すぐにキッチンへ向かい手際よくコーヒーの準備をする。

 そして湯気の立つカップを二つトレイに乗せて戻り、テーブルを挟んで向かい合うように腰を下ろした。

「……はい」
「ああ……ありがとう」

 差し出されたカップを受け取る兄は、どこか落ち着かない様子で視線を泳がせていた。

 言葉を探しているのか、ただ気まずいのか沈黙が続く。

 それを破ったのは羽衣子の方だった。

「……お兄ちゃん……これまで……どうしてたの?」

 責めるような響きは無く、ただ純粋に知りたいという気持ちだけが滲んでいる。

 兄は一瞬だけ言葉に詰まるも、それから観念したように話し始めた。

「……色々あってな。暫くはちゃんとした仕事もなくて、あちこち転々としてた」
「……そっか」

 羽衣子は静かに頷く。

「でも今は、知り合いの会社で働かせてもらってる。小さいところだけど……みんな良い人たちばかりで、結構楽しくやってるよ」
「……そうなんだ」

 その言葉に羽衣子の表情が少しだけ和らいだ。

 すると兄は思い出したように鞄へ手を伸ばす。

「……これ」

 取り出したのは一通の封筒で、テーブルの上にそっと置かれた。

「お前に借りた金。遅くなったけど……返すよ。あの時はありがとう。それと本当にごめん」
「……」

 羽衣子は一瞬だけその封筒を見つめると、ゆっくり手に取り中を確認することもなく胸元へ引き寄せた。

「……ありがとう」

 短くそれだけを伝えると顔を上げて真っ直ぐに兄を見つめた。

「……今度はもう、連絡取れなくなったりしないでね」

 羽衣子の言葉に兄は一瞬驚いたように目を瞬かせ、それから小さく頷いた。

「……ああ。分かってる」

 その声音には確かな重みがある気がして、羽衣子はほっとしたように微笑んだ。

 それからは、少しずつ空気が変わっていった。

 離れていた期間を埋めるように、昔を懐かしむように、子どもの頃の思い出や他愛もない出来事をぽつぽつと話すうちに、ぎこちなさは薄れていく。

 そして気がつけば窓の外はオレンジ色に染まり始めていた。

「……もうこんな時間」

 羽衣子が時計を見て呟くと会話が中断され、

「よかったら……夕飯、食べていく?」

 少しだけ期待を込めて尋ねると、兄は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「……悪い。今日はこのあと予定があってさ」
「……そっか。それじゃあ仕方ないね」

 残念そうにしながらも羽衣子はすぐに切り替えた。

「じゃあ、また今度だね」
「ああ。今度は頼むよ。それとさ、お前ももう酒飲める年齢だし、次はどこかで飲んだりしようぜ」
「良いね! 是非」

 二人がそんな約束を交わした後、兄は帰ることに。

「……今日は時間作ってくれて、ありがとな」
「ううん。来てくれて嬉しかった」

 その言葉に兄は少しだけ照れたように笑い、

「……じゃあな」

 そう言って背を向けた。

 ドアが閉まり、足音が遠ざかっていく。

 羽衣子は暫くその場に立ち尽くしていたが、やがて静かに部屋へと戻っていき、ふっと息を吐く。

(……よかった……きちんと生活出来てるみたいで)

 そう思う羽衣子の心の中にあったは兄に対する疑いや警戒心はすっかり消えていた。
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