極道シングルファザーの甘く危険な独占愛
 翌日、仕事を終えた羽衣子は、どこか重たい足取りで駅へと向かっていた。

 行き交う人混みの中、改札前に立ち止まりスマートフォンを握りしめる。

 約束の時間が近づくにつれて胸の奥がざわついていく。

 ふと視線を落として足元を見つめていたその時、

「羽衣子」

 聞き慣れた声に羽衣子がハッと顔を上げると、そこには穏やかな表情を浮かべた想汰が立っていた。

「ごめんな、待たせたか?」

 一瞬だけ言葉に詰まりながらも羽衣子はぎこちなく笑みを作る。

「ううん、私もついさっき来たところだよ」

 想汰は軽く周囲を見渡し小さく頷いた。

「そっか。それじゃあ、どこか店入るか」

 羽衣子も無言で頷きその後を追う。

 二人が入ったのは駅近くの居酒屋だった。

 店員に案内され扉で仕切られた個室に入ると、羽衣子は無意識に室内へ視線を巡らせる。

 壁、テーブルの下、照明の隙間――盗聴器の一件が頭をよぎり、どうしても落ち着かない。

 そんな様子に気づくことも無く想汰は店員と注文を済ませていく。

「羽衣子、何飲む?」
「あ、えっと……ビールで」
「了解。じゃあ生二つと、この辺適当に頼むわ」

 注文を終えて店員が去ると二人きりの空間に静けさが落ち、先に口を開いたのは想汰だった。

「飲みとか、よく行ったりするの?」
「ううん、あんまり行かないかな。友達と予定合えば、たまに……って感じ。お兄ちゃんは?」
「俺はまあ、仕事の付き合いで結構あるな。先輩たちも好きな人多いし」

 そんな他愛ない会話の途中で飲み物が運ばれてくる。

 軽くグラスを合わせ、「乾杯」と声を重ねた。

 羽衣子はゆっくりとグラスに口をつける。

 酒に強くない彼女は様子を窺うように少しずつ飲んでいた。

 やがて、ふとしたタイミングで問いかける。

「そういえば、お兄ちゃんってどんな仕事してるの?」

 想汰はグラスを置き少しだけ考えるように視線を彷徨わせた。

「営業だよ。通信回線の代理店」
「通信回線……?」
「個人とか店で使うWi-Fiあるだろ。ああいうのを回線ごとまとめて契約してもらう仕事」

 運ばれてきた料理に箸を伸ばしながら想汰は淡々と説明を続ける。

「機器はリースで入れるから、初期費用は抑えられる。その代わり月額で払ってもらう感じだな」

 羽衣子は小さく頷くが完全に理解しているわけではない。

 それでも話の流れを遮ることはしなかった。

 しかし、話を進めていく想汰の表情が徐々に曇っていく。
< 35 / 113 >

この作品をシェア

pagetop