極道シングルファザーの甘く危険な独占愛
「希海、吾妻さんは、もう保育園の先生じゃなくなるんだ」
「……せんせ、じゃない?」

 希海は意味がよく分からないのか、きょとんと首を傾げていて、その様子に乙哉が苦笑しながら続けた。

「確か、吾妻先生の名前って、“羽衣子”なんすよね?」
「は、はい」
「じゃあ、希海、これからは“羽衣子ちゃんか、羽衣ちゃん”って呼べばいいんじゃね? ってか、俺も名前で呼んでいいっすか?」
「あ、はい……どうぞ」

 乙哉の問い掛けに少し照れながら答えると、希海がぱちぱちと目を瞬かせた。

「うい、ちゃん?」
「うん。そう呼んでもらえると、嬉しいかな」

 そう言って微笑みかけると、希海はすぐに満面の笑みを浮かべた。

「わかった! ういちゃん!」

 無邪気に呼ばれたその名前に、胸の奥がくすぐったくなる。

“先生”ではなく、“羽衣ちゃん”。

 呼び名一つで自分の立場や居場所が変わったのだと実感した羽衣子は少し照れ臭くなる。

 そして、そんな感覚と共に、羽衣子は新しい生活の始まりを静かに感じていた。

 引っ越し初日の夜、羽衣子がずっと一緒なのが嬉しかったのか、はしゃぎ疲れた希海はすぐに眠りについた。

 規則正しい寝息を確認した羽衣子はそっと寝室を後にする。

 リビングへ戻ると、ソファに腰掛けていた昴が静かにこちらを見ていた。

「吾妻さん、少し、よろしいですか?」
「……はい」

 促されるまま隣へ座る。

 二人きりになった空間には、どこか張り詰めた空気が漂っていた。

 昴は少し間を置き、静かに口を開く。

「これからのことについて、お話しておきます」
「……これからのこと?」
「ええ」

 穏やかな表情だが、その声音には確かな重みがあった。

「ここでの生活は、貴方がこれまで送ってきた日常とは大きく異なります」
「……はい」
「危険が、常に隣り合わせです」
「……っ」

 その一言に、背中がぞくりと震えた。

 昴が極道の世界に生きる人間だと知った時から、覚悟はしていたはずだった。

 けれど改めて言葉にされると、その現実が重く胸へ沈んでいく。

(……本当に、戻れないんだ……)

 これまでの穏やかな日々とは違う。

 自分はもう、別の世界へ足を踏み入れてしまったのだと。

 不安を滲ませる羽衣子を見つめた昴は僅かに表情を和らげた。

「ですが――吾妻さんと希海のことは、私の命に替えても必ず守ります」
「……え……」

 それは、あまりにも真っ直ぐな言葉だった。

「ですから、安心してください」

 穏やかな微笑みと共に告げられたその言葉に、羽衣子の胸が高鳴った。

(……京極さん……)

 恐ろしい世界に生きる人なのに、それでも、この言葉だけは嘘ではないと分かってしまった羽衣子の鼓動は少しずつ速くなっていた。
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