君が終わる夏
耳を(つんざ)く蝉の声と、陽炎の中で(はしゃ)ぐ2人の少年。
 また、あの夢だ。その夢は日増しに鮮明になっていく。無音だったはずがいつの間にか音が響き渡り、彼らの話声も聞こえるようになっていった。
 しかしそれでもまだ、彼らの話す内容までは聞き取る事が出来ない。顔も徐々に輪郭がはっきりしてきてはいるのだが、依然ぼやけたままだ。
 
 この夢は、一体俺に何を見せようというのか。
 そんな事今の俺に分かるはずもなく、ただゆっくりとベッドから体を起こした。

 7月27日、この日は一ノ瀬、広瀬と共に海へ行くと約束した日だ。現在時刻は午前9時過ぎ、朝の身支度を済ませ朝食も食べ終えたのだが、待ち合わせ時間はいつも通り午後1時なのでだいぶ時間が余る。俺はその持て余した時間を有効活用すべく、とあるノートを取り出した。
 その名も"一ノ瀬考察ノート"だ。おかしな名前だがそんな事今はどうでもいい。
 一ノ瀬が何故死のうとするのか、俺と過ごす期限が何故"夏の終わりまで"なのかは前回の公園デートで少なからず理解出来た。勿論ノートにもバッチリ記載済みだ。この際だから一応お(さら)いでもしておこうか。
 一ノ瀬が死のうとする理由、それは彼女自身"会いたい人がいるから"だと言っていた。その人物は死ななければ会えない人物……つまり既にもうこの世にはいない人物という事だ。そして彼女が俺に言った"夏の終わりまでに生きたいと思わせて"というあの言葉。この"夏の終わりまで"という期限もまた重要な事柄であり、それに関してはこの村そのものが深く関係しているのだ。

 俺達が住んでいるここ、青滝村には少し変わった風習がある。それは夏の始まりを知らせる"初夏祭り"を6月5日に、夏の終わりを告げる"晩夏祭り"を8月20日に毎年執り行う決まりがある。この村にとって夏という季節はそれ程特別なものなのだ。何故夏という季節が特別なのか、そこまで俺は詳しく知り得ない。ただ分かるのは、この村で夏の始まりとされている6月5日から夏の終わりとされている8月20日、この期間は"土地神様の導きにより、死者が戻ってくる期間"だとされているという事だ。つまり、この村は夏の間中ずっとお盆みたいなものなのだ。
 そしてもう1つ、この村の夏に伝わる言い伝えがある。それは、この村の夏の時期に、一番叶えたい願い事を土地神様にお祈りすると、願い事が叶うというものだ。どう考えても子供騙しである。案の定、この時期は俺よりも小さな子供達が土地神様にお願い事を叶えて貰うんだ〜!なんて可愛らしく(はしゃ)いでいる姿を度々目撃する。夏休み前、一ノ瀬と下校している時にも同じ光景を目にした。そういえば、その子供達の一連のやり取りを見ていた一ノ瀬は、何か物思いに(ふけ)っているようだった。
 彼女は、土地神に何かを願ったのだろうか。亡くなった人物にもう一度会いたいと願ったのだろうか。それを叶えて貰えなかったから、死を選んでしまったのだろうか。なら何故俺に"生きたいと思わせて"と願ったのか。

 本当は、死にたくなんかなかったんじゃないのか……?
 誰かに、止めてほしかったんじゃないのか……?

 今日は、更に詳しく聞かせて貰えるだろうか。もう少し、彼女に踏み込めるのだろうか。
 どれだけ考察しても、結局一ノ瀬本人から聞く以外に正解に辿り着く方法は無いのだ。俺はその後、ただ只管(ひたすら)時間が過ぎるのを待つ事しか出来なかった。

 ——
 
 午後1時、待ち望んだ約束の時間。俺は一ノ瀬と広瀬との待ち合わせ場所である最寄り駅に来ていた。青滝村から出ずとも海を見る事は出来るのだが、俺達が住んでいるのは山側であるため、海へ行くには電車やバスに乗る必要がある。広瀬(いわ)く、電車の方が早いし"旅"って感じでワクワクするとの事で、今回は電車を選択したのだそうだ。俺そっちのけで海へ行く事を決めた一ノ瀬と広瀬だったが、待ち合わせ時間の10分前には到着している俺とは違い、当の2人は時間ギリギリになって(ようや)く姿を現した。
 「間に合ったー!遅刻するかと思ったよ……」
 「広瀬さん足早い……私もうくたくた……」
 「……お前達、いつも俺より遅く来るけど、今日はいつにも増して遅いな。これ逃したら次来るの2時間後なんだぞ。まぁ遅刻はギリしてないからいいけど」
 「ごめんごめん、私達から誘ってるのに。次はもっと早く来るからさ」
 「あたしが寝坊したのが悪いんだよ。2人共ごめん。今度はちゃんと目覚ましいっぱい用意しておくから!」
 この不思議な関係も夏休みの間だけだろうが、それでも当たり前のように"次"の話をしてくる2人のせいで、まるでずっと続くかのように錯覚してしまう。広瀬はともかく、一ノ瀬に付き合っているのは俺がこの暑い夏から抜け出すためなのだ。それだけは絶対に忘れてはいけない。今日こそは一ノ瀬が死を選ぶ理由について、更に詳しく聞かせて貰わねば……。そう固く決意し、数分後に到着した電車へと乗り込んだ。

 「見て見て!牧場!牛がいっぱいいる!」
 広瀬がまるで子供のように(はしゃ)ぐ。座席に膝立ってまで背後の車窓から見える景色に夢中になるだなんて……と、呆れる俺とは違い、一ノ瀬は微笑ましそうに広瀬の様子を眺めていた。(はた)から見れば優しい姉と無邪気な妹のように映るのではないだろうか。
 「ふふっ 広瀬さんって本当に可愛いよね」
 「いや、俺達もう高校生だぞ?さすがに子供過ぎる気がするんだけど」
 「本当は可愛いと思ってる癖に、素直じゃないね天谷君」
 「おい、何を根拠に言ってんだよ……」
 一ノ瀬の発言にも呆れつつ、しかしどうにか会話を広げられないかと模索してみる。
 「一ノ瀬は電車、乗り慣れてるのか?」
 とりあえず当たり障りのない言葉を吐いてみる。思わぬところで会話が発展するかもしれない。
 「んー?別に、乗り慣れてるなんて事はないよ。乗ったのは小学校以来かな」
 「その割には落ち着いてるな」
 「天谷君だって。結構電車慣れてるっぽいけど?」
 「俺も別にそんなに乗った事ある訳じゃないが、少なくとも広瀬みたいにはならないかな」
 「ちょっと!さっきから馬鹿にし過ぎじゃない!?」
 そう言いながら広瀬は不服そうに体を元の正面を向く体制に戻した。どうやら自分1人だけ(はしゃ)いでいるのが段々恥ずかしくなってしまったみたいだ。
 「そりゃ馬鹿にするだろ……今時そんなに電車から見える景色に夢中になる高校生なんかいるかっての」
 「つまんない男だね、天谷」
 そのつまんない男にカフェで告白(まが)いの事をしてきたのはお前だろと内心ツッコミながら、彼女達との会話に花を咲かせていく。あまり役立つ情報は無いか……と思っていたその時、一ノ瀬は少し意味深な言葉を吐いた。
 「しかし海……楽しみだな。小学校の時以来だよ」
 「ふーん……だいぶ久しぶりなんだね」
 「うん、私お兄ちゃんいたんだけどさ、お兄ちゃんと2人で海行ったりしてたよ」
 「へぇ~!一ノ瀬さんお兄さんいたんだ!」
 「意外だった?」
 「うん、勝手に1人っ子だと思ってた!」
 一ノ瀬と広瀬の会話が先程より更に盛り上がっていく。一方の俺はと言うと、その横で1人首を傾げていた。

 ……なんだろうか、この違和感は。
 一ノ瀬のセリフ、"お兄ちゃんがいたんだけどさ"という部分が引っ掛かって仕方がない。

 ……"いたんだけど"?
 いた……居た……?何故、過去形なんだ?それはもう既に"居ない"という事ではないのか?いや、考え過ぎだろうか……。
 だがこの違和感をこのままにしてはいけない気がして口を開こうとしたのだが、一ノ瀬と広瀬の会話が早くも別の話題へと移ってしまった。そのため俺は何も言えず、ただ黙って彼女達の会話を聞いていた。

 ——

 電車に揺られ約15分、目的地である海へと到着した。今日は運良く天気は快晴、そのため海水浴客の数はそれなりだ。だがここには海の家等大層な物は一切無いので、各々バーベキューセットを持ち寄って楽しんでいるようだった。一方の俺達はただ海へ行くという計画しか立てていなかったため、発案者である広瀬にこれからどうするのかを尋ねてみた。
 「ごめん、実はあたしも海に行く事しか考えてなかった!前の公園みたいにぶらぶら駄弁ろっか?」
 まぁそうだろうなとは思っていた。水着等の海水浴セットだって持ってきていないのだ。まぁここの海は遊泳禁止だから、持ってきていたとしても泳ぐ事は出来ないのだが。さてどうしようかと考えていると、突然一ノ瀬が靴を脱いで裸足で駆け出した。
 「ねぇ!綺麗な貝殻探そうよ!一番綺麗なの見つけた人が優勝ね!」
 そう言って水際まで行き貝殻を漁り始めた。広瀬ならまだしも、一ノ瀬がそんな子供染みた事をするとは。呆気に取られていると広瀬も裸足で駆け出していた。
 「天谷!ビリ決定!」
 広瀬にそう叫ばれ、ムキになった俺は彼女達同様年甲斐もなく貝殻探しへと駆け出していた。

 早く、この暑い夏が終わりますように。
 どれだけそう願っていても、時間は思ったようには進んでくれなかった。
 
 今、この時までは。
 
 貝殻探しから始まり、結局は優勝者なんて出ないまま、気付けば3人で波と戯れていた。
 時間は、あっという間に過ぎさった。

 「もう3時になるって。早いね……電車何時だっけ?」
 「3時35分……その次が5時20分だ」
 「うーん……あと1時間くらいここに居たいけど、5時過ぎまで居るのはキツイね。35分の電車に乗ろうか」
 「あーあ。何で時間ってもっとゆっくり進んでくんないのかなー?」
 「……」
 俺的にはこれ以上ゆっくり進まれては困る。しかし、今日はいつもよりも時間が早く進んだ気がした。
 ……それ程、我を忘れてしまっていたのだろうか。あの子供染みた、くだらない時間で。
 
 だとすれば、これは非常に……良くない。
 
 "一ノ瀬に付き合っているのは、俺がこの暑い夏から抜け出すため"
 それだけは絶対に忘れてはいけないと、先程決意したばかりなのだから。
 
 「天谷君?どうしたの?」
 「ん?あ、いや……」
 一ノ瀬が俺の顔を覗き込む。もしや顔に出てしまっていただろうか?慌てて何でもない風を装おうとした……のだが。
 「隙あり!」
 視界が突然ぐらつき、ばしゃん!という音が盛大に鳴る。その後、じわじわとズボンが濡れていく不快な感触が続く。どうやら俺は尻餅をついたらしい。いや、"つかされた"が正解か。着替えなんて持ってきていないというのに。
 「広瀬ぇ~~!!」
 「きゃぁああ!!」
 俺をこんな目に合わせた広瀬の腕を掴み、仕返しとばかりにそのまま勢いよく引き倒す。俺の時以上にでかい水しぶきが上がった。
 「ちょっと!あたし全身ずぶ濡れじゃん!どうしてくれんの!」
 「先にやったのはそっちだろ!」
 「天谷はズボンだけじゃん!あたし全部!」
 「関係ない!先にやった奴が悪い!」
 「あはは!帰るの大変じゃん2人共!風邪引いちゃう!」
 一ノ瀬が楽しそうに手を叩いて笑っている。それを見て広瀬はニヤっと笑った。まさか……。
 「えい!」
 「うわぁ!」
 ばしゃん!……広瀬と同じく全身ずぶ濡れな一ノ瀬の出来上がりだ。
 「ちょっと……ちょっと!」
 「これで3人お揃い!いや、違うな……天谷はズボンだけだから、天谷をもっと濡らさないと!」
 「おい!」
 広瀬が俺に対して思い切り水を掛け、それを見た一ノ瀬も何故か広瀬同様に大量の水を掛けてくる。おかげで俺も全身ずぶ濡れだ。
 「よし!ホントのホントにお揃い!」
 「よしじゃねーよ!電車乗る時濡れて迷惑になるから座席座れねーだろ!」
 「あ!」
 「あ!じゃねーよ!」
 「なら私達3人仲良く立つしかないね!」
 「座らなくても床濡れて迷惑だけどな!」
 「あーあ!天谷があたしらをずぶ濡れにしなきゃ迷惑掛けるの天谷1人だけだったのになぁ~!」
 「一ノ瀬をずぶ濡れにしたのは広瀬だし、大体戦犯は広瀬だろ!」
 「あははは!」
 俺と広瀬のこのやり取りで、一ノ瀬は先程より更に楽しそうに笑っていた。こうも楽しげだと、"一ノ瀬が死を選ぶ理由について更に詳しく聞かせて貰う"という目的は達成出来そうにない……が、こんなしょうもない事でここまで楽しめるのなら、案外一ノ瀬と過ごす夏は何事も無く平和に終わってくれるのかもしれない。もしそれが実現したならば、それは俺1人では絶対に成し得なかった事で、だからこそ改めて広瀬の存在の有難みを思い知った。
 「……広瀬、ありがとうな」
 本当に、無意識だった。無意識に広瀬への感謝の言葉が口を()いていた。
 「……へ?何が?」
 「天谷君?ずぶ濡れにされたのがそんなに嬉しいの?」
 「あ、いや……そうじゃなくて」
 「そんなに嬉しいならもっとずぶ濡れにしてあげよっか?」
 「いや違う、そうじゃなくて……っておい!聞けよ!」
 結局俺は電車が来る時間まで、2人の野蛮な女から水責めを食らう羽目になった。

 ——

 「う~体が塩臭い、早く帰ってシャワー浴びたい」
 「俺の方がシャワー浴びたい気持ち強い」
 「いやいや、あたしの方がシャワー浴びたい気持ちもっと強い」
 「いや俺の方がもっともっと強い」
 「いやあたしの方が上だから、マジで」
 「本当に仲良いね、2人共」
 ずぶ濡れのまま電車に揺られ、ようやく最寄り駅へと戻って来る事が出来た。もうさっさと帰りたい、シャワー浴びたい。それが俺達の電車内での会話だった。まったく意味のある会話をしなかったため、次の予定の話し合い等何も出来ていなかった。せめて別れ際に少しでも話し合いが出来れば……そう思い、俺は視線を横の広瀬から、俺達より先に降りた一ノ瀬の方へと向けた。一ノ瀬は俺達に体を向けながら後ろ向きで歩いており、それを注意しようと口を開きかけた。
 その時、俺は目を疑った。一ノ瀬の背後、青白い顔で佇む1人の少年が、ただ俺の目をじっと見つめていたのだ。その少年の目を見つめ返した瞬間、途端に連日見た夢の映像がフラッシュバックした。それは、今までのぼやけた視界がまるで嘘かのように、全てが完璧なまでに鮮明な光景……。
 そうだ、夢に出てくる少年2人の正体……1人は子供の頃の俺。そしてもう1人は、この目の前の少年だ。それを理解した途端、無意識に俺の口から言葉が漏れていた。
 「翔太(しょうた)……」
 「え……?天谷、翔太って誰?目の前に居るのは一ノ瀬さんだよ?」
 広瀬が困惑した顔で俺を見ている。広瀬には彼が視えていないのだ。
 
 何故見えていないのか……それはつまり、彼が――
 
 「……翔太?翔太って言ったの?天谷君」
 その声にハッとして、一ノ瀬に視線を向けた。そして彼女の目を見た時、俺は驚愕した。
 一ノ瀬は驚く程、虚ろな目で俺を見ていた。その目には既視感がある。一ノ瀬の自殺を目撃した日、あの日と同じ目をしていた。
 一ノ瀬はゆっくりと後ろを振り返り、キョロキョロと辺りを見回す。どうやら一ノ瀬にも、彼は視えていないようだった。
 「……やっぱり、視えない……私には、視えない……」
 「い、一ノ瀬さん……?」
 「どうして……私に会いに来てくれてるのに、私は視てあげる事も出来ないの」
 「おい、一ノ瀬」
 一ノ瀬は俺達の声が聞こえていないのか、ブツブツと独り言を呟いている。俺達が乗ってきた電車の向かい側から別の電車が来ているようで、カンカンカンと不快な警報音が鳴っている。それも相まってか、この目の前の光景は、あまりにも不気味で異様だった。
 嫌な……嫌な予感がする……。
 「なぁ、一ノ瀬――」
 
 「やっぱり私もそっちに行かないと駄目だよね、お兄ちゃん」
 
 その言葉を吐いた瞬間、一ノ瀬が突如走り出し、そして俺も同時に走り出す。電車の走行音はかなり大きくなっている。俺は無我夢中で一ノ瀬へと手を伸ばした。もう少し、もう少しで一ノ瀬の腕を掴める――その時だった。
 「天谷ぁああ!!」
 背後から思い切り腕を引かれた。俺の手はどんどん一ノ瀬から遠ざかっていき、一ノ瀬自身も俺から遠ざかっていく。そうして彼女は徐々に線路へと吸い込まれていき、やがて大きな音が鳴った。一瞬の出来事で何が何だか分からなかったが、気付けば目の前が赤で覆われ何も見えなくなっていた。
 「きゃあああああ!!!」
 「うわあああああ!!!」
 広瀬やその場に居合わせた人々の悲鳴が飛び交う。俺は声を上げる事も出来ないまま、ただ状況を確認するために、恐る恐る血で覆われた眼鏡を取った。だが、直様(すぐさま)眼鏡を取った事を後悔した。ぼやけていても分かる。辺り一面に広がる血の海と、散乱した肉の塊。それがさっきまで一緒に居た一ノ瀬だという事が、あまりにも信じられなかった。いくら飛び降り自殺を冷静に観察していた俺であっても、これには耐える事なんて到底出来なかった。
 「おぅええ」
 「あ、天谷……」
 放心状態で自らが出した吐瀉物(としゃぶつ)を眺めていた情けない俺に寄り添い、ひたすら背中を(さす)ってくれる広瀬。こいつも相当辛いだろうに、俺の介抱をしながら冷静に警察へ連絡していた。何も出来ない自分が不甲斐なかったが、今はもう何も考えたくなかった。

 ——

 真っ赤に染まってしまった駅に、別の赤が混ざる。赤色灯だ。どうやら警察や救急隊が到着したらしい。時間はあれから15分程経過していた。
 「通報したのは君か?君達は、亡くなった子の友人……なのかな?」
 数名の警察官の内、2人の警察官が俺達に近付いて来る。2人は、この異様な光景に僅かに顔を(しか)めつつ、しかし冷静に語り掛けてきた。
 「はい、そうです……。その子は私たちの友人で、通報したのは私です……」
 「辛いだろうけど、状況を説明して貰えるかい?」
 「はい……。私達、さっきまで3人で海へ遊びに行ってたんです……。それで、ここに帰ってきた途端、友達がいきなりおかしくなって……突然線路に走って行って……」
 「突然走り出した……つまりその友達は、自ら線路の方へ?」
 「はい、そうです……」
 「何か、直前におかしな様子とかはなかったかい?」
 「……少し、変な事を言っていました」
 「変な事って?」
 「……なんか……視えないって」
 「視えない……?」
 「本当に、よく分からないんです……。ただ、天谷……この子が"翔太"って呟いた途端、おかしくなっちゃって……」
 「翔太……?人の名前かな?」
 「天谷、翔太って誰?何で一ノ瀬さんはその人の名前を聞いておかしくなったの?」
 「……」
 何も言葉を発せない。どう説明すればいいのか分からない。俺だって困惑しているんだ。
 行きの電車の中で聞いた"お兄ちゃんがいたんだけどさ"という言葉。あの言葉に感じた違和感は、やはり間違いではなかったのだろうか。
 だって、一ノ瀬が線路に走り出す直前、俺が聞いたのは……

 "やっぱり私もそっちに行かないと駄目だよね、お兄ちゃん"
 
 という言葉だった。
 一ノ瀬の言うお兄ちゃんが翔太なら、やはり彼は……もうこの世には——……
 
 「天谷!」
 広瀬が俺の肩を心配そうに揺さ振る。ハッとして顔を上げれば、警察官達も心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
 「……今のは、答えにくい質問だったかな?」
 2人の警察官の内、少しばかり年老いた男性が俺にそう尋ねた。そういえば俺は質問をされている最中だった。
 「……翔太は、俺の子供の頃の知り合いで……その子と似ている子が、ここに居た気がしたから……それで翔太って呟いたら……何故か一ノ瀬は……」
 「……成程、君もあまりよく分からないんだね。」
 「ところで君、随分血を浴びているね……。もしかして、その子の近くに居たのかい?」
 若年の警察官が新たに疑問を投げ掛けてきた。その質問は、つまり……
 「……俺を疑っているんですか?一ノ瀬を線路に突き落としたんじゃないかって?」
 「……いや、そうではなくて……おい、もう少し質問の仕方に気をつけろ」
 「すみません……。君も、すまない。疑っているんじゃなくて、もしかして君は、友人を助けようとしたんじゃないかって思ってさ」
 「……」
 助けようとした……ああ、そうだ。俺は確かに一ノ瀬を救おうと必死に手を伸ばした。だが、こんな事になってしまったのは、元々俺が一ノ瀬の目の前で余計な言葉を吐いてしまったからだ。結果として、俺は一ノ瀬を死なせてしまったのだ。一ノ瀬を、救えなかったのだ。
 「……違います。……俺の……せいなんです……一ノ瀬が、死んだのは……。死なせてしまったのは……俺なんです……」
 その告白は、自分でも吃驚(びっくり)するような、とても俺の声とは思えない、まるで虫が鳴くような声音だった。
 「あ、天谷!?何を言ってるの!?」
 そしてその突然の告白に、広瀬が驚きの声を上げる。
 「ち、違うんです!天谷は本当に一ノ瀬さんを助けようとしただけなんです!一ノ瀬さんを救うために彼女の後を必死に追いかけたんです!自分も電車に轢かれるかもしれないのに、一生懸命一ノ瀬さんに向かって手を伸ばしたんです!でも、あたしがそれを止めたんです……。天谷が悪いんじゃないんです……。あたしが……一ノ瀬さんを見捨てたんですっ……!」
 「広瀬……」
 動揺しつつも気丈に振舞っていた広瀬が、等々嗚咽を漏らし始めた。先程の何も出来ない自分を恥じていた俺は、ただ黙って彼女の肩を抱いた。彼女を血で汚してしまうという懸念はあったが、そうする事しか今は考えられなかった。
 「……本当に、辛かったね。だけど、あまり自分を責めないであげてほしい。とりあえず、名刺を渡しておくから、何かあったらいつでも掛けていいからね。それから、親御さんに連絡は取れるかい?一先ず、迎えに来てもらおう」
 「はい……」
 その後、涙で声が出せない広瀬に代わり、俺が自分の両親と広瀬の両親、どちらにも連絡を入れた。俺の両親も広瀬の両親も僅か数分で俺達が居る駅に駆け付け、ただ黙って俺達を抱き締めた。それだけで、少し落ち着く事が出来た。
 だが、ゆっくりしてはいられない。一ノ瀬が死んだという事は、また7月27日がやってくるという事だ。今は何も考えられない状態だが、帰宅後、今日を終える前に彼女の自殺についてもう一度考えを整理しなければならない。
 「天谷……」
 両親の乗ってきた車に乗り込む直前、突然声を掛けられた。声の主は広瀬だった。
 「ねぇ、また明日……会えない?出来れば、なるべく早い時間に……。あたし……あたし、耐えられそうになくて……。だから、傍に居てほしくて……」
 「……」
 明日は、きっとまだ来ない。目覚めればまた"今日"で、そうすればあの元気な広瀬に戻っているだろう。
 「……分かった。明日9時、お前の家に俺が行く。それでいい?」
 「うん、いいよ……。あたしの家の住所、後で送るから……」
 「……うん、待ってる。じゃあ、また明日……」
 「うん、また明日……おやすみ」
 「おやすみ」
 だからこの"また明日"は、俺が広瀬に吐いた嘘だ。来ないはずの明日を約束して、彼女を騙したのだ。
 後ろめたさに尾を引かれながら、俺は帰路に就いた。

 ——

 ピピピピ、という無機質なアラーム音で目を覚ます。俺は直様スマホに手を伸ばし、今日が何日かの確認を急いだ。表示された日付は7月27日……つまり2度目の"今日"だ。何も行動を変えなければ、このまま待ち合わせ時間に最寄り駅へ行き、電車に乗り、そうして海へ。それから、その後は……最寄り駅で再び、翔太が現れる。そう考えると、やはり電車での移動は控えた方がいいのかもしれない。……いや、それは違うな。元はと言えば、俺が彼の名前を呼ばなければあんな事にはならなかったはずなんだ。時間が巻き戻り、今は一ノ瀬が生存しているのだろうが、それでも後悔の念ばかりが押し寄せる。だが、再び翔太が現れたとして、彼の名を呼ばなければあの惨事が繰り返される事はないのではないか?ならば、また電車での移動でも構わないのではないか?そう考えたが、今またあの駅へ行きたいかと言われれば……答えはNOだ。飛び降り自殺も衝撃だったが、あれはそれ以上に精神に来た。しばらくあの場所へは行きたくない。俺は急いでLIME(らいむ)を開き、一ノ瀬と広瀬にメッセージを送信した。内容は勿論、待ち合わせ場所と移動手段の変更についてだ。いきなりで2人を困惑させるだろうが、それでもあの場所へ行く事だけはどうしても避けたかった。
 数分後、無事2人から待ち合わせ場所と移動手段の変更の許可を貰う事が出来た。移動手段はバスとなったため、待ち合わせ場所は最寄りのバス停だ。勿論2人は急な事で驚いてはいたが、何とか無理矢理説得してみせた。バスが来る時間は元々の待ち合わせ時間から然程(さほど)間が空かないため、待ち合わせ時間はそのままだ。つまり、1度目の"今日"同様しばらく時間を潰す事になる。なので、俺は1度目の"今日"が終わる手前、頭を占めていた考えを再び巡らせる事にした。

 "私ね、会いたい人がいるの"
 それはつまり、死ななければ会えない人が居るという事。
 
 "やっぱり私もそっちに行かないと駄目だよね、お兄ちゃん"
 その死ななければ会えない人というのは、彼女の兄だという事。

 そしてその言葉を呟いたのが、俺が"翔太"という名を口にした時だという事。

 ……。
 頭が、クラクラする。
 それにしても、暑いな……すごく、暑い……。
 この暑さは、俺に色々な事を思い出させる。

 "彼"と野山を駆け回った事。
 "彼"と虫取りをした事。
 "彼"と川遊びをした事。
 "彼"の身に起こった事を知った時の事。

 "彼"には、俺と同い年の妹が居た事。

 頬を伝う汗が落下し、ベッドに染みを作る。
 それでようやく、俺はベッドの上から降り、朝食へと向かった。

 ——

 「あ、やーっと来た!天谷が待ち合わせ場所変更してって言った癖に、時間ちょっと過ぎてるじゃん!」
 広瀬の大きな声が響き渡る。チクチク俺を刺す言葉を吐き続けているが、待ち合わせ場所の変更を提案した癖に遅刻したのは事実なのだから、これに対して俺は何も文句を言えない。
 「ごめん……」
 遅刻したせいで謝罪から始まるという失態を犯してしまったが、1度目の"今日"のあの悲惨な一ノ瀬の姿と、憔悴(しょうすい)しきった広瀬を見た後に、この元気な姿の2人を見る事が出来たのだ。内心安堵している自分が居る。
 「まぁ、そういう時もあるよね、仕方ないよ」
 「てか天谷、何か元気無くない?大丈夫?体調悪い?」
 2人が心配そうに顔を覗き込んでくる。実際体調は頗る(すこぶ)る悪いのだが、あまり情けない姿を晒したくはない。
 「いや、大丈夫。ほんと、遅れてごめん」
 とにかく平静を装ってこの場をやり過ごす事に心血を注いだ。
 「そっか……でもあんまり無理しないでね?海なんてまた今度でもいいし」
 「そうそう!あたしらに気使わなくていいから!」
 情けない姿を晒したくないがために平静を装ったのだが、2人の態度は幾らかそれを見透かしているようだった。何だか居た堪れず、早くバスが来る事を願ったが、バスもまた、俺と同じように少しばかり遅れてやって来たのだった。

 バス車内での会話は電車に乗った時程特に気になるものは無かった。ただ他愛の無い話をして、気付けば海に到着していた。バスの方が電車よりも速度が遅いはずなのだが、電車に乗った時よりも、何故だがあっという間に感じた。目的地の海へ思いの外すぐに辿り着けたのだ。喜ばしい事なのだが、しかし海に着いて早々、俺の気分は更に悪くなった。どうしても、1度目の"今日"で起こったあの光景がフラッシュバックしてしまう。何とかまた平静を装おうとしたのだが、俺の様子のおかしさに2人はすぐ気が付いてしまった。
 「天谷、やっぱり具合悪いんでしょ?引き返そうか?」
 「いや、せっかくここまで来たんだ。俺の事は気にしないでくれ」
 「気にしない訳にはいかないよ。天谷君、本当に具合悪そうだよ?」
 「いや、大丈夫だから」
 「大丈夫じゃない!ならせめて涼しい所で休んでて!あたし、コンビニとか自動販売機で水分補給出来る物探してくるから!一ノ瀬さんは天谷見てて!」
 「分かった!」
 「おい!だからいいって!」
 「天谷君、大人しくしてて!」
 広瀬は宣言するだけして、そのまま走り去ってしまった。情けない姿を晒したく無かったのだが、やはりそれは失敗に終わったようだ。少しの間、一ノ瀬との気まずい沈黙が流れた。
 だが、その気まずい沈黙を破ったのは、珍しく俺だった。
 「……あのさ、一ノ瀬って、何人家族?」
 「え?」
 いきなりの事で一ノ瀬は大層驚いていた。それはそうだ。具合が悪そうだから付き添いをしている相手からいきなり家族構成を聞かれたのだ。多分……いやこれはかなり、キモいだろう……。しかし、何とか一ノ瀬から翔太の話を聞き出したかった俺は、あまりにも単刀直入に聞いてしまったのだ。分かっている、下手に聞けばまたあの悲劇が繰り返されるかもしれない事を。だが、ここは駅ではないし、海水浴客も幾らか居る。自殺を遂行出来る可能性は、駅よりかはだいぶ低いだろう。とにかく、翔太が彼女の自殺に関係しているはずなのだ。いずれ聞かなければならないのなら、なるべく早く、そして広瀬が居ない、今この場で。
 「……父と母と、兄が1人」
 彼女は少し視線を落としながらそう答えた。
 「……その兄の名前さ、翔太じゃなかった?」
 俺の口からその名を聞いた瞬間、伏し目がちだった一ノ瀬は勢いよく顔を上げた。
 「どうしてお兄ちゃんの名前を知っているの」
 「それは……思い出したから」
 「何を?」
 「……近頃、ずっと同じ夢を見てたんだ。その夢に男の子が2人出てくるんだけど、2人共どうしても顔がぼやけてて。でも最近になってようやく、その2人が誰か分かったんだ。1人は俺で、もう1人は……昔、仲が良かった翔太だった。そして、その翔太には妹が居たって事も一緒に思い出した。その妹の名前が……詩音、だったなって」
 「……」
 また少しばかり視線を下げてからしばらくして、一ノ瀬は顔を上げた。
 「……そういえば、お兄ちゃんにすごく懐いている男の子、いたっけ。あの子、天谷君だったんだ」
 「うん……」
 「私はその子の名前知らなかったから、天谷君だって全然気付かなかったな。でも、天谷君はよく気付いたね。私の親離婚してるから、今は母の旧姓を名乗ってるの。あの時とは違う苗字だからさ、天谷君すごいなって」
 1度目の"今日"とは違い、一ノ瀬は酷く落ち着いていた。あの悲劇は、彼が目の前に現れ、何故か俺にのみ"視えてしまった"から起こったもの。だからこそ、どうして兄の名を知っているのか、という問いに対し、"思い出したから"と返したのは正解だったのだろう。事実、翔太と一ノ瀬の関係性を理解した時、翔太には妹が居て、その子の名前が"詩音"だった事は連鎖的に思い出せた。考えてみれば、詩音という名は中々居るものじゃない。少なくとも、俺の周りには。
 「……天谷君は、どうしてその夢を見たんだと思う?」
 「え?」
 突然、一ノ瀬がそう質問してきた。何故その質問をしてきたのか……言葉の真意が見えない。
 「そ、そんなの……俺にも分からない……」
 「私はね、お兄ちゃんがここに来てるからだと思うの」
 その言葉を聞いた瞬間、一筋の汗が流れ落ちた。これは、暑さだけのせいじゃない。俺が言葉を発せずにいると、一ノ瀬はゆっくりと言葉を紡いだ。
 「天谷君は、何でこの村にまた来たの?」
 
 だって、この村出身じゃないでしょ?
 その言葉を待っていたかのように、風の音もピタリと止んだ。
 
 「何でそんな事知ってるんだって思ってる?実はね、私のお兄ちゃん、毎年天谷君がこの村に遊びに来るのを楽しみにしてたんだよ。今年もあいつ来るかなーってさ」
 「……」
 「……もう、お兄ちゃん居ないんだよ、この村に来ても」
 「……」
 「私、会いたい人がいるって言ったでしょ?あれね、お兄ちゃんの事だよ」
 「……」
 「天谷君は、この村の夏の事、知ってるでしょ?初夏祭りが始まってから晩夏祭りが終わるまでの期間……この期間が、死者が戻ってくる期間だって」
 「……うん」
 「何でそうなったか知ってる?」
 「……知らない」
 「大昔、この村の夏はものすごく酷かったらしくて、よくでかい災害や大飢饉(ききん)に見舞われたんだって。それで夏を越せず亡くなる人が大勢いたんだとか。それで昔の人達は悲劇を繰り返させないよう、平和と安寧を土地神様にお祈りするため初夏祭りを、無事に夏を越せた喜びを土地神様に感謝するため晩夏祭りを執り行うようになったんだって」
 「なるほど、そういう理由だったのか」
 「うん。まぁここだけ聞くとただの神頼みみたいだけど、実際はその祭りを開けるようになるまで、村の人達は何年も皆で力を合わせて危機を乗り越えて頑張ったんだって。そして皆で得た平和な村を、死者達が生前味わえなかった平和な夏を、祭りの始まりと終わりまでの間楽しんで貰いたい……この2つの祭りには、土地神様への感謝以外にもそういった願いが込められてるみたいだよ」
 「ふーん」
 「でも、中にはやっぱりそういった風習を不気味がる人もいるんだよね。それはほら、学生とか子供とかさ。まぁそうだよね。夏の間中死者と一緒に過ごすとか、苦手な子はそりゃ嫌だよ。世間一般の短いお盆の期間でも"海に行ったら無数の手に引きずり込まれる"なんてオカルト話があるんだからさ。私もオカルト話は得意じゃないから、そういう子の気持ち分かっちゃうな」
 「へぇ、苦手なんだ」
 「そりゃ嫌だよ。お兄ちゃんに会いたいけど、自分の身内だからであって、別の人なら怖いよ」
 「まぁ、そうだよな」
 「でも、だからなのかな。この時期に、土地神様に一番叶えたい願い事をすると叶うなんて言い伝えがあるのは。そういう言い伝えとか用意しとか無いと、夏の時期はただ怖いだけだもんね。っていうか、おかしな話だと思わない?この村を救ったのは村人達本人じゃん。それなのに土地神様、土地神様って……」
 「確かにそうだけど、でも村人達には土地神っていう拠り所があったからこそ、こうやって平和を実現出来たのかもしれないな」
 「おお、一理あるかも……」
 1度目の"今日"がまるで夢だったかのような、穏やかな時間だった。気付けば俺の体調はすっかり良くなっていて、広瀬への申し訳ない気持ちが込み上げてくる。だがまだ広瀬が戻ってくる気配は無い。申し訳無いと思いつつも、好都合だと解釈し、一ノ瀬との会話を続ける事にした。まだまだ彼女には聞きたい事があるのだ。
 「ちなみに、一ノ瀬は何か願い事したの?」
 「したよ」
 「何てお願いしたの?」
 「お兄ちゃんを助けて下さいって……毎年、この時期に。……結局、叶わなかった。やっぱり言い伝えは迷信だったんだよ。馬鹿だよね、そんなもの信じて」
 「……」
 「そういえば、さっきの質問の答え、聞きそびれちゃったな。天谷君は何でこの村にまた来たの?」
 「……ばあちゃんが倒れたから」
 「そっか……おばあちゃんが……」
 「……俺のばあちゃんさ、ここで1人暮らししてたから、母さんしか面倒見れる人いなくて。……俺も、父親死んで片親だし」
 「……そうなんだ」
 「でも、母さん俺の事考えて、地元を離れずここに毎回通おうとしてたんだ。それってすごく大変だろ。だから高校2年目からは別の高校でも大丈夫だって、俺が母さんを説得したんだよ。母さんはしばらく渋ってたけど、最後には納得してくれて、入学ちょっと前くらいにここに来たって訳」
 「……大変だったね」
 「うん……でも丁度、ここに来たいとは思ってたんだ。ばあちゃんには悪いけど」
 「え?何で?何で来たいと思ってたの?」
 「……翔太の事が気掛かりだったんだ、ずっと」
 「……」
 「実はさ……叶う訳無いって、子供騙しだって思ってたけど……それでも、俺も願い事、したんだよ」
 「……何て?」

 「時間を、戻して下さいって」

 「……そのお願い、叶った?」
 「……俺の望む形では、叶ってない」
 「じゃあ……別の形では叶ったの?」
 「……うん」
 「ふふっ それって本当?」
 一ノ瀬が悪戯(いたずら)っぽく笑った。それはそうだろう。こんな言葉を、信じられる訳が無い。
 
 ましてや、時間が戻るための条件が、自分の死だなんて事を。
 
 「おーい天谷!一ノ瀬さん!お待たせ!」
 「あ!広瀬さん!」
 「ごめんねー待たせちゃって。ほら天谷、ポカリ買ってきたよ!飲んで!」
 「あ、ありがとう……後でお金払うから」
 「いらない!こっちはほら、一ノ瀬さんの分」
 「私の分も?ありがとう!本当にお金いいの?」
 「大丈夫!その代わり、今度2人が何か奢ってよね!」
 そう気前良く広瀬が笑う。今回はその厚意に素直に甘えるべきだろうか。まぁでも、2度目の"今日"が何事も無く終われば、後日素直に奢り返してやればいいか。そう考え、広瀬から有難くポカリを受け取った。

 その後、俺達は1度目の"今日"とは違い、ずぶ濡れになる事もなく、ただ静かに海で過ごした。砂浜を裸足で歩いて、波の音を聞いて……本当に、静かに……。2人は俺の体調に終始気を使っていた。せっかくの海だというのに、申し訳ない事をしたと思う。
 「ねぇねぇ、記念に写真撮ろうよ!」
 「いいね!ほら、天谷君もこっち来て!」
 広瀬の提案に一ノ瀬も賛同し、3人で写真を撮る流れとなった。そういえば、1度目の"今日"の時もこんな風に写真を撮ったっけ。だが、1度目の"今日"に撮った写真は、この時間軸ではきっと存在していないのだろう。今回も1度目の"今日"の時も、広瀬のスマホで写真を撮ったのだ。その広瀬が画像フォルダを見ても驚かないという事は、1度目の"今日"で撮った写真は残っていないと考えていいだろう。つまり、1度目の"今日"で得た物は、2度目の"今日"には持ち越せないという事。現に、俺が1度目の"今日"で警察官から貰った名刺も、どこを探しても見当たらなかった。物だけではない。勿論、俺達が過ごした記憶さえ……無かった事になる。こいつらと一緒に貝殻を探して、海で水を掛け合ってずぶ濡れになった事を覚えているのは、今や俺だけなのだ。
 何故、こうも虚しく思うのだろうか。この夏を抜け出すためだけに、過ごした時間だというのに……。
 「……あれ?天谷、また体調悪い?顔色悪いよ?それなりに時間経ったし、そろそろ帰ろうか?」
 「いや、違うんだ、ただ……考え事をしてて……」
 「でも天谷君、本当に顔色良くない。今日はもう帰宅でいいんじゃない?」
 「いや、でも……」
 「無理しない!まだ夏休みは終わらないんだから、別日にまた海に来ればいいっしょ!」
 2人の勢いに押され、結局帰路に就く事となった。押しの強い2人に陰キャの俺が勝てる訳もなく、諦めて大人しく従うしかなかった。バスの中でも2人は相変わらず俺の体調を気にしながらも、終始仲良く談笑していた。1度目の"今日"で過ごした、あの海での時間。あの時間がもう俺の中にしか存在しないと知った時に感じた、込み上げる虚しさ……。だがその虚しさは、俺の自分勝手な感情から来るものだ。1度目の"今日"で最後に見た一ノ瀬と広瀬の事を思えば、今目の前で笑い合ってる2人が存在するこの"今日"こそが正解なのだ。そう無理矢理自分に言い聞かせ、何事も無く"今日"が終わってくれる事を願った。

 「あーホント海最高だったねぇ~!ね、また今度、夏休み中に絶対海行こ!」
 「いいね、今度はビーチバレー用のボールとか持って行こうか?」
 「おお!ビーチバレーいいじゃん!」
 「いや、3人でビーチバレーって……人数後1人足りねぇじゃん。それじゃあただの玉遊びだろ」
 「何でも楽しければいいんだって!天谷、次海行く時は体調管理しっかりしてよ!いっぱい遊ぶからね!」
 「はいはい」
 「じゃあ次は30日!皆あたしん家に集合ね!」
 「うん。それじゃあ天谷君、広瀬さん、またね!」
 バス停から少し歩いた場所で次の予定を話し合い、程無くして解散となった。広瀬の希望で次は広瀬宅にお邪魔する事が決まった。
 「ふふふ、30日楽しみだなぁ~」
 「俺が一ノ瀬に付き合わされて始まった夏休みだってのに、気付けばお前はすっかりレギュラーメンバーだな」
 「うん!何で付き合わされてるのか未だに分からないけど、3人で遊ぶの楽しいからOK!」
 「てか前回もだけどさ、お前帰り道こっちじゃなくね?一ノ瀬と同じ方向だろ。待ち合わせの時だっていつも一ノ瀬と一緒に来てるよな?帰りは一緒じゃないのか?」
 「……それ、聞いちゃう?さすがに言わなくても分かるでしょ?あたし、天谷と帰ってわざわざ遠回りしてるんだよ?」
 「……ああ、そっか、お前俺の事……そっか……」
 「何その反応!おもろ!」
 「うるさいな……。つか、もしかして……一ノ瀬の差し金か?」
 「……ああ、うん、まぁ……そう」
 「……前回もだな?」
 「……実は、うん……一緒に帰りなって、一ノ瀬さんが……」
 「あいつ……」
 「本当にあたしが天谷と一緒に帰ってもいいの?って聞いても、毎回私と天谷君そういうのじゃ無いから大丈夫だよって」
 「確かにそれは、そうだけど……」
 「でもまぁぶっちゃけ、今日天谷と一緒に帰ってるのは寄りたい場所がこっち方面ってのもあるんだけどさ」
 「え?そうなのか?」
 「うん」
 「どこに寄るの?」
 「それは内緒!」
 「何でだよ」
 「何でも!」
 笑ってはぐらかす広瀬に少し違和感を覚えたが、しかし深く追求するのもどうかと思い、この話は早々に切り上げた。それから俺の家に着くまでの間、広瀬とひたすら他愛のない話をし、じゃあまた、とだけお互い告げて別れた。家の中に入った途端、緊張の糸が切れたようにそのまま玄関にへたり込み、溜息を吐く。2度目の"今日"は、このまま何事も無く無事終える事が出来そうだ。そう思うと、安心と疲労が同時に押し寄せ、体に力がまったく入らなかった。
 それから就寝までの間、どう過ごしたかははっきりと覚えていない。いつも通り風呂に入って、いつも通りご飯を食べて、いつも通り歯を磨いて……って感じだろうか。ただ違うのは、いつもよりもだいぶ早い時間にベッドに入った事だった。体はどうしようもなく休息を欲していた。俺はそれに抗う事もなく、そのまま深い眠りについた。

 ——

 あまりの暑さに、アラームが鳴る前に目を覚ました。今は何時で、今日は何日なのだろうか……そう思い、スマホに手を伸ばす。7月28日午前7時、スマホの画面に映し出された日付と時間を確認し安堵する。無事何事も無く帰宅しても、朝日付を確認するまではやはり気を抜いてはいけないのだ。今日は一ノ瀬と広瀬との約束も無い。まだ1度目の27日で負ったダメージが残っている事だし、精神的にリラックス出来るような事でもしようか、なんて考えながら1階に降り、付けっぱなしのテレビで流れているニュース番組をボーっと眺めていた。
 「あら怜、起きてたの。今日は早いね」
 「ん、おはよ」
 「おはよう。朝ごはんはバタートーストでいい?」
 「うん、いいよ」
 『ここで、入ってきたばかりの速報です』
 「トースト何枚食べる?」
 「2枚」
 『今日未明、〇〇県青滝村にある公園で、女子高校生と見られる遺体が発見されました』
 「え!?」
 その驚愕の声は、俺と母、2人のものだった。俺はテレビに釘付けとなり、母もトーストを焼く手を止め、急いでキッチンから居間へ移動して来た。女子高校生と聞き、一ノ瀬が一瞬頭を(よぎ)ったが、今日は7月の28日だ。大丈夫、時間はちゃんと進んでいる。……だが、何故だろうか。
 こんなにも、胸騒ぎがするのは。
 『警察の調べによりますと、死亡したのは近くに住む高校2年生……』
 その予感が外れてくれれば、俺は見知らぬ女子高生へと哀悼の意を捧げて、それで……それで次の30日に……またあいつらと……平穏な時間を過ごして……
 
 『広瀬 美琴さん(17歳)と判明しました』
 『遺体の状況から、警察は何者かに殺害された可能性があるとし、捜査を進めています』
 
 まるで時が止まったように感じた。きっと何かの間違いだ。そう何度言い聞かせても、テレビに映し出された名前も、顔写真も、全て広瀬の物で。ああ、これがあまりの暑さに見てしまった悪夢であれば、どんなに良かっただろうか。
 程無くしてスマホが鳴った。電話だ。画面に映し出された名前は、一ノ瀬 詩音。ああ、彼女もこのニュースを見たのだろう。だが、電話に出る気力は無かった。しばらくその名を眺め、そうしてふと思い付いた。

 広瀬が死んだ日。それがもし、昨日ではなく、今日……28日なのだとしたら……
 まだ……間に合う……?

 「怜……この広瀬って子……もしかして、アンタの……」
 「母さん、俺ちょっと出掛けてくる」
 「はぁ!?こんな事件が遭ったばかりでどこ行くの!?危ないから家に居なさい!」
 「すぐ戻るから!」
 「怜!!待ちなさい!怜!!」
 母を振り切って、俺は家を飛び出した。道中目当ての人物に電話を掛け、会う約束を交わす。待ち合わせ場所は俺と一ノ瀬、広瀬で散歩した大きな公園。悲惨な事件が起きたばかりの村では、皆外出を控えているためか、人を見掛ける事は殆ど無かった。だが、それはあまりにも好都合だった。

 今、俺がしようとしている事を、考えれば——

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自作アクションファンタジーゲーム「咎絆ぎ(とがつなぎ) Chapter1 体験版」を無事Steam等でリリースする事が出来たので、小説執筆再開しております。

咎絆ぎ(とがつなぎ) Chapter1 体験版URL↓
https://store.steampowered.com/app/3825670/_Chapter_1_Demo/

君が終わる夏共々、どうかよろしくお願い致します。
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