ホンネとタテマエ
 会社の先輩、伊瀬(いせ)香里奈(かりな)さんに呼び出されたのは、「ちょっとあんたの彼氏からかってやらない?」と言われてだ。

 私――二十四歳の倉橋(くらはし)美月(みつき)は、ナカマチ製作所の総務部で働いている。

 会社は家電メーカーとしては大手で、冷蔵庫に洗濯機、エアコンから美容家電まで、幅広く取り扱っている。

 香里奈さんは〝彼氏〟と言ったけれど、厳密に言って私に彼氏はいない。

 彼女が言っているのは、ナカマチ製作所の社会人野球チームの選手、古賀(こが)健司(けんじ)だ。

 同い年の彼は一応総務部に所属していて、私たち一般社員のようにフルに働く事はないけれど、一応在籍している以上業務をこなす事はある。

 ある時、残業していた私が荷物を運んでいる時に、彼と鉢合わせ、「持ってやるよ」と助けてもらった事がきっかけだった。

 健司は硬派なスポーツ少年そのままで、言ってしまえば割とぶっきらぼうな性格をしている。

 部員同士で会話をしている時はとても自然体で笑顔を見せるけれど、私と話している時は淡々としていて、「私といてもつまらないんじゃ……」とビクビクしている。

 健司の事は好き……ではあるけれど、彼の気持ちがまったく見えないので、なんとも言いようがない。

 ただ、私が残業をしていて、彼が早く終わった時は、無言でフロアで待っていて、何も言わず一緒に帰って駅まで送ってくれるので、健司も意識してくれている……とは思っている。

「何回も言いましたけど、彼氏じゃないですって」

 私たちは会社の二階にあるコーポレートカフェで、夕ご飯を食べている。

 会社のカフェは見た目がお洒落ながら、バランスのとれたセットを提供しているので、社員だけでなく地域の人にも人気がある。

 練習帰りの選手が立ち寄る事もあるので、選手目当てのファンもよく通っていた。

 私はチキン南蛮定食を食べながら、困った顔で隣に座っている麗人を見る。

 ニコニコ笑顔で私を見て、パスタを食べているのは、趣味で男装コスプレをしている(おか)伊茉莉(いまり)さんだ。

 二人はオタク友達で、イベントを介して仲良くなった親友らしい。

 香里奈さんもコスプレをする人で、もっぱら女性キャラをやるのだけれど、活動する中で伊茉莉さんと意気投合し、コンビで活動するようになったとか。

 写真を見せてもらった事があるけれど、二次元の美男美女がそのまま三次元に出てきたみたいで、本当に綺麗だった。

 伊茉莉さんはもとからショートヘアで長身なのもあり、体のラインを隠す処理をして、シークレットシューズを履いたら、ナチュラルな美形男性のできあがりだ。

 オフショットの伊茉莉さんは、カジュアルな男性っぽい格好を好み、胸の盛り上がりが分かるので女性だと判断できる感じだ。

 女性が好きとか、LGBTQに関するあれこれはまったくなく、単にメンズライクな格好のほうが楽で好きらしい。

 その気になればワンピースを着る事もあるらしいけれど、特別な時だけみたいだ。

「あれ、じゃあ僕が彼氏として立候補してもいいのかな?」

 伊茉莉さんがおふざけして、私の髪をサラッと手で梳いてくる。

「美月ちゃんは可愛いね。目が大きくてツヤのあるサラサラの黒髪ロングヘア、小柄なのに胸が……、胸が凄いね? ちょっと触ってもいい?」

 伊茉莉さんはハァハァして手を伸ばしてくるので、私は思わず箸を置いて両手で胸元を隠す。

「だっ、駄目ですよ! おっさんですか!」

「今度、美月ちゃんを連れ歩いてデートしたいな」

 伊茉莉さんはテーブルに頬杖をつき、斜めに私を見つめてくる。

 ……うう……、美形な上にこういう仕草慣れしてるから、威力が半端ない……!

 女性だと分かっていても格好いいもの……!

「おや~、浮気されちゃったなぁ~」

 向かいで香里奈さんがニヤニヤして言うけれど、からかわれているのは丸わかりだ。

「ホント、マジで可愛い。……っていうか、いい匂いするね? 香水何つけてるの?」

 伊茉莉さんは私の首筋に顔を埋め、スンッと嗅いでくる。

「っひゃ……っ!」

 思わずくすぐったくて声を上げた時――――、ドンッと、そう大きい音ではないけれど、テーブルを叩く音がした。

 驚いて顔を上げると、少し息を乱した健司が立っている。

 野球チームの若きエースを見て、周囲から押し殺した黄色い悲鳴が上がるなか、彼はジッと私を見つめてきた。

「…………なに、それ」

 健司は私の腕を引っ張り、伊茉莉さんから引き剥がしてから、低い声で尋ねてくる。

「……な、何……って……」

 助けを求めて香里奈さんを見るけれど、彼女は「作戦成功~!」という顔をして目を輝かせている。

「…………ちょっと、来い」
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