5倍に薄める幸せ
AFTER DILUTION 1滴の未来
それから15年後。
「お母さん、おはよう!」
「おはよう!」
私の名前は鏡 澪。41歳の現役バリバリのキャリアウーマンよ。元気よく挨拶をしてきたのは私の息子、幸定(14歳)と娘の結月(12歳)。沖縄旅行でプロポーズを受けた私は結婚し、『夢野』から『鏡』に姓を変えたの。2人の子どもにも恵まれた!
「はいお待たせ!パパスペシャルのチーズオムレツだ」
「こっちはママスペシャルのハニートーストよ」
私たち夫婦は結婚14年目。この少し白髪の混じったイケオジは私の旦那さん、鏡幸人。彼は43歳。あのときの私は25歳で彼は27歳。若かったな……
「さあ召し上がれ!」
「いただきます!」
「うん!パパの料理もママの料理も美味しい!」
「お母さんの方が美味いね」
「おお何だ幸定?美味いって言うの恥ずかしいか?」
「だって普通、14の息子が父親に料理美味いって言ったりしないでしょ?」
幸定は思春期の真っ最中で父親との距離感に悩んでいるみたい……やっぱり恥ずかしいのかな?
「パパの料理も美味しいよ!お店の味が毎日食べられるなんて最高!」
今でも彼は喫茶店『余白』を営んでいるわ。昔はオーナーって感じだったけど、今じゃオーナー兼マスター。私はというと、新卒から勤めているルミエール商事で今も働いているわ。今じゃ営業部の部長よ。
「そうだ……今日はせっかくだしクリスマスの買い出しにでも行こうか!」
「そうね!今年も素敵なデコレーションにしましょ!」
「全く……お父さんはこういうときに全力になるよな……」
「でもいいじゃないお兄ちゃん!今年はお兄ちゃんの好きなスペシャルプレート作ってくれるかもよ!」
「スペシャルプレート……!?しょうがないな……」
幸定ったら現金な子ね……幸定は旦那が作るスペシャルプレートが大好物で、ハンバーグやエビフライ、サーモンのカルパッチョなどで彩られたオードブル。しかも全部手作りよ!
「よし!じゃあ、着替えよっか!」
「わかったよ……」
「はーい!」
「幸定!この前父さんがあげたジャケット、着ていくか?」
「あれはまだ俺にはデカいよ……」
「そっか。じゃあもっと大きくなったら着てくれな!」
旦那のジャケットはあの黒いフード付きジャケット。思えばずっと着込んでいたな。
「用意できたかな?じゃあ行きましょっか!」
俺は愛する妻と可愛い子どもたちと共に大型ショッピングモール、『ミナトテラス』へ向かっていた。クリスマスの買い出しに、俺は電気カミソリの買い換え、澪と結月はファッションエリア……回るところが沢山で忙しいぜ!
「幸定は何が欲しいんだ?」
「俺は別に……」
幸定は物欲がほとんどない。誕生日プレゼントに何が欲しいかを聞いても常に悩むくらいだ。実は俺と幸定は同じ12月3日が誕生日だが、結局何も買わずに終わったな……そんなとき――
ザワザワ……
「何かしら?演説……?ねぇ、あれってまさか……?」
「……」
ミナトテラスの外で何やら演説が行われようとしている。俺はその顔に見覚えがある。それどころか、俺と澪にとって忘れられるはずのない男だった。
ガガ……キィィン……
「ええ……皆様!本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます!本日私がお話する内容は、16年前に大罪を犯した、一人の男のお話です……」
俺は吸い寄せられるように男を見た。やがて、『一人の男』が犯した罪が、赤裸々に語られていく――
――16年前。その大罪を犯した男の名前は、『橘優真』。彼は外資系企業、『ヘリオス・ジャパン』で専務を務めていた。しかし、それは単なる表の顔に過ぎません……彼は立場を利用し、女性たちを騙し続け、やがて違法風俗店で強制的に働かせました。――
「……」
「お父さん?何かお母さんも固まってるし……」
幸定と結月は過去など知らない。しかし俺にとっては決して目を逸らすことができない演説だった。やがてこれまでの悪行や、逮捕までの経緯が語られ――
――やがて彼は、一人の男と出会いました。その男は喫茶店を営むオーナー。ですが、彼はその男の生き方に惚れていくのです。しかし、彼らは戦わなければいけない運命にありました。彼が持つ『支配する愛』と、男が持つ『希釈の愛』がぶつかり合う。彼は初めて気づきました。今まで信じていた愛は、間違っていたのだと。彼は14年間の服役を終え、今は社会活動家として生きています。歪んだ愛で女性たちを支配し、地獄に落とした『橘優真』こそ、私なのです!――
ザワザワ……!
「おい嘘だろ……」
「橘優真が、この人本人!?」
「本日はお話を聞いていただきありがとうございました……少しでも皆様の糧になれたら、幸いでございます」
やはり優真だったか。きちんと罪を償ったんだな……俺と澪は顔を合わせると、思わず微笑みを浮かべた。
「アイツも変わったのね……」
「そうだな……人は生きている限り変われるってことだ。優真もな……」
やがて群衆が去っていく中、俺は優真を見ていた。やがて俺の視線に気づき――
「……」
スッ……
俺は密かにピースサインをした。
スッ……
続いて優真も俺にピースサインを返した。
「どうしたんだよお父さん……?」
「パパ!ママ!早く行こう?私はママと服選ぶ!」
「ああ!」
「そうね!行きましょ!」
優真はこれからも強く生きていけるだろう。俺も強く生きなきゃな!俺は今ある幸せと、愛する家族を守っていきたい。そして、俺たちの幸せを未来につなげていくんだ。
完
「お母さん、おはよう!」
「おはよう!」
私の名前は鏡 澪。41歳の現役バリバリのキャリアウーマンよ。元気よく挨拶をしてきたのは私の息子、幸定(14歳)と娘の結月(12歳)。沖縄旅行でプロポーズを受けた私は結婚し、『夢野』から『鏡』に姓を変えたの。2人の子どもにも恵まれた!
「はいお待たせ!パパスペシャルのチーズオムレツだ」
「こっちはママスペシャルのハニートーストよ」
私たち夫婦は結婚14年目。この少し白髪の混じったイケオジは私の旦那さん、鏡幸人。彼は43歳。あのときの私は25歳で彼は27歳。若かったな……
「さあ召し上がれ!」
「いただきます!」
「うん!パパの料理もママの料理も美味しい!」
「お母さんの方が美味いね」
「おお何だ幸定?美味いって言うの恥ずかしいか?」
「だって普通、14の息子が父親に料理美味いって言ったりしないでしょ?」
幸定は思春期の真っ最中で父親との距離感に悩んでいるみたい……やっぱり恥ずかしいのかな?
「パパの料理も美味しいよ!お店の味が毎日食べられるなんて最高!」
今でも彼は喫茶店『余白』を営んでいるわ。昔はオーナーって感じだったけど、今じゃオーナー兼マスター。私はというと、新卒から勤めているルミエール商事で今も働いているわ。今じゃ営業部の部長よ。
「そうだ……今日はせっかくだしクリスマスの買い出しにでも行こうか!」
「そうね!今年も素敵なデコレーションにしましょ!」
「全く……お父さんはこういうときに全力になるよな……」
「でもいいじゃないお兄ちゃん!今年はお兄ちゃんの好きなスペシャルプレート作ってくれるかもよ!」
「スペシャルプレート……!?しょうがないな……」
幸定ったら現金な子ね……幸定は旦那が作るスペシャルプレートが大好物で、ハンバーグやエビフライ、サーモンのカルパッチョなどで彩られたオードブル。しかも全部手作りよ!
「よし!じゃあ、着替えよっか!」
「わかったよ……」
「はーい!」
「幸定!この前父さんがあげたジャケット、着ていくか?」
「あれはまだ俺にはデカいよ……」
「そっか。じゃあもっと大きくなったら着てくれな!」
旦那のジャケットはあの黒いフード付きジャケット。思えばずっと着込んでいたな。
「用意できたかな?じゃあ行きましょっか!」
俺は愛する妻と可愛い子どもたちと共に大型ショッピングモール、『ミナトテラス』へ向かっていた。クリスマスの買い出しに、俺は電気カミソリの買い換え、澪と結月はファッションエリア……回るところが沢山で忙しいぜ!
「幸定は何が欲しいんだ?」
「俺は別に……」
幸定は物欲がほとんどない。誕生日プレゼントに何が欲しいかを聞いても常に悩むくらいだ。実は俺と幸定は同じ12月3日が誕生日だが、結局何も買わずに終わったな……そんなとき――
ザワザワ……
「何かしら?演説……?ねぇ、あれってまさか……?」
「……」
ミナトテラスの外で何やら演説が行われようとしている。俺はその顔に見覚えがある。それどころか、俺と澪にとって忘れられるはずのない男だった。
ガガ……キィィン……
「ええ……皆様!本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます!本日私がお話する内容は、16年前に大罪を犯した、一人の男のお話です……」
俺は吸い寄せられるように男を見た。やがて、『一人の男』が犯した罪が、赤裸々に語られていく――
――16年前。その大罪を犯した男の名前は、『橘優真』。彼は外資系企業、『ヘリオス・ジャパン』で専務を務めていた。しかし、それは単なる表の顔に過ぎません……彼は立場を利用し、女性たちを騙し続け、やがて違法風俗店で強制的に働かせました。――
「……」
「お父さん?何かお母さんも固まってるし……」
幸定と結月は過去など知らない。しかし俺にとっては決して目を逸らすことができない演説だった。やがてこれまでの悪行や、逮捕までの経緯が語られ――
――やがて彼は、一人の男と出会いました。その男は喫茶店を営むオーナー。ですが、彼はその男の生き方に惚れていくのです。しかし、彼らは戦わなければいけない運命にありました。彼が持つ『支配する愛』と、男が持つ『希釈の愛』がぶつかり合う。彼は初めて気づきました。今まで信じていた愛は、間違っていたのだと。彼は14年間の服役を終え、今は社会活動家として生きています。歪んだ愛で女性たちを支配し、地獄に落とした『橘優真』こそ、私なのです!――
ザワザワ……!
「おい嘘だろ……」
「橘優真が、この人本人!?」
「本日はお話を聞いていただきありがとうございました……少しでも皆様の糧になれたら、幸いでございます」
やはり優真だったか。きちんと罪を償ったんだな……俺と澪は顔を合わせると、思わず微笑みを浮かべた。
「アイツも変わったのね……」
「そうだな……人は生きている限り変われるってことだ。優真もな……」
やがて群衆が去っていく中、俺は優真を見ていた。やがて俺の視線に気づき――
「……」
スッ……
俺は密かにピースサインをした。
スッ……
続いて優真も俺にピースサインを返した。
「どうしたんだよお父さん……?」
「パパ!ママ!早く行こう?私はママと服選ぶ!」
「ああ!」
「そうね!行きましょ!」
優真はこれからも強く生きていけるだろう。俺も強く生きなきゃな!俺は今ある幸せと、愛する家族を守っていきたい。そして、俺たちの幸せを未来につなげていくんだ。
完


