5倍に薄める幸せ
DILUTED-希釈液-
1年後。遂に私、夢野澪は、新卒から勤め始めたルミエール商事に復帰することが決まった……!新社長は、私をずっと気遣ってくれた山本裕貴さん。
「夢野さん、今日もお疲れ様!新しい商品の資料いつになりそうかな?」
「もうできています!こちらご確認お願いします」
「おっ!さすが早くて助かるよ!」
私が開発している新商品は顔用の保湿クリーム。夜用の保湿クリームと言えばわかりやすいかな。
「この前の日焼け止めはAQUASTYLEだったけど、今回はどんな名前にするんだ?」
今回は私の自信作だからこそ、名前はきちんとしたものをつけたい。
「この名前は、『幸人』にしようと思っています」
「『幸人』!?あっ……それピッタリだな!」
やっぱり社長ならわかってくれると思った!コンセプトは、『夜の保湿をサポート。肌の余白に菌を寄せつけない』ことかな。キャッチコピーは、『お肌の余白に、5倍に薄めた潤いを』でいいかな?濃いだけじゃ肌が荒れちゃうしね……
「夢野さん……」
「はい?」
「ちょっと社長室来てくれないかな?」
「わかりました!」
カツ……カツ……
「失礼します……」
山本さん、社長になってから少し雰囲気が変わったな?話し方と元からの性格は変わっていないけど……私は社長と向かい合うように座る。
「夢野さんの働きぶりと活躍は、社員の皆が評価している。君が戻ってきてくれて本当によかったと思っている……」
「はい……」
「そこでな、君に提案があるんだ」
ドキドキ……
「何でしょう……?」
「是非君に、営業部の主任を任せたいと思うんだ……」
「主任ですか……!?ですが私、まだ復職したばかりで……!」
「君を主任として迎え入れることは皆と話し合っていたんだ。だから頼む……もちろん俺たちもサポートする!」
社長が直々に頭を下げる。そこまで懇願されたらさすがに断れない……
「わかりました……期待に応えられるかわかりませんが……」
「別に誰かの期待に応えなくていいんだ。君が期待する結果に到達できるように、君は頑張ればいいんだよ」
「社長……!ありがとうございます」
「俺からもありがとう。これからもよろしくな!」
今日から営業部主任、夢野澪!これからも私の社会人人生は続くんだ!
一方。
「静かな人気を集める喫茶店『余白』。今日はその魅力に迫ります!早速入ってみましょう!」
カランカラン……
「いらっしゃいませ!」
「あっ!オーナーさんがいらっしゃいました」
「こんにちは!」
「はい!こちら先日三ツ星を獲得した余白のオーナー、鏡幸人さんです!早速よろしいでしょうか?」
テレビのインタビューを受けるのは私の恋人――鏡幸人よ!1年経って渋さが少し増したイケメンになった。
「三ツ星獲得おめでとうございます!お店の名前である余白なんですが、由来はありますか?」
「そうですねぇ……誰かの心を癒す場所でありたい。心の余白を用意したいという願いでしたね」
「シンプルながら深いんですねぇ……」
本人は望んでいなかったらしいけど、今はテレビで紹介されるほどの人気を集めたみたい。私が言ったら自慢になるかもしれないけど、人気の秘訣は『家に帰ったときのような安心する味』、『いつまでも食べたい優しい味』。あとは幸人の人柄だね!
「ありがとうございました!以上、喫茶店『余白』からお届けしました!」
彼は少し困ったように笑っていた。渋さが増しても顔に出やすいわね……
「俺はいつでも、安心して帰って来られる場所を用意します……」
サッ……
彼は静かに一礼をした。
その頃。
俺と拳を交えた橘優真は、湾岸矯正センターに収容されていた。その罪は重かったが、残された社員たちの社会復帰を手伝ったこと、全ての罪を認めたことで懲役14年を言い渡された。
「橘……手紙だ」
「手紙……誰から?」
「余白って書かれてるぞ。港の喫茶店のことか?」
「余白……」
手紙の差出人は俺だ。かれこれ1年間やり取りしている。もちろん澪には内緒だ……
――元気か?
俺は相変わらず忙しい毎日だよ。予想外なことに三ツ星まで取るし、澪は主任になって大慌てだったよ。
あんたがどう過ごしているかは知らない。けど、有意義に過ごしているって、信じているよ。
多分、出たらまた俺と喧嘩しようと思って鍛えてんじゃないのか?まあ運動はしっかりやっておけ!あと、体力をつけるためにちゃんと食べろよ?
あんたがきちんと罪を償って帰るのを待っているよ。
鏡幸人――
ポタ……ポタ……
「どうしたんだ?」
「何でもない……」
相変わらず強がってんな?その強さをバネにして生きてほしい。俺はそう願うだけ。澪にとって優真は恐怖でしかない男だが、俺にとって母さんの恩人でもある。今は許されないかもしれない。それでも、しっかりと償えばやり直せるって、俺は信じている。
「あんたには帰る場所があるのかもな」
「……そうかもな」
「またな……」
コツ……コツ……
「フン……マヌケ善人が……!」
それから1週間。
カランカラン……
「いらっしゃいませ!ああ美月さん!すぐお席用意しますね!」
「こんにちは!」
来店したのは相澤美月さんだ。そして娘の海咲ちゃん。海咲ちゃんは中学1年生になっていた。
カタカタ……
美月さんは優真が残したつながりで障害者就労支援センターで働いている。
「三ツ星おめでとう!」
「いえ!皆様の支えがあったおかげですよ!」
「実は私も報告があって……」
報告?まさか再婚かな?
「実は私、再婚するんですよ!」
「再婚ですか!?」
本当に再婚だった。1年前まで男性に対してかなりの恐怖を抱えていた彼女が、まさかの再婚。
「私とママにも優しくて、幸人さんにちょっと似てるかも!」
俺は美月さんがまた一歩前に進んだことへの安堵と、同時に不安感もあった。
「写真とかないんですか?」
「この人!」
「どれですか?」
聞けば港区の病院で理学療法士を務める高瀬さん。美月さんより4歳年上らしい。確かに体格が似てるな……
「まっ、報告はこんなところかしら」
「おめでとうございます!是非幸せになってください」
「その前に、幸人さんからも幸せをいただこうかな?」
「そうですね……ではご注文何にしましょう。今ですと期間限定の春キャベツのロールキャベツがおすすめですよ」
「じゃあそれいただこうかしら。あと、『澪』ちょうだい!」
「私もロールキャベツ!飲み物は余白ベリーソーダ!」
「かしこまりました!」
俺は美月さんを助けたなんて大層なことは言えないが、壊れかけた頃の彼女を見た俺ならわかる。今、美月さんは本当に幸せなんだって!
念願叶ってできた沖縄旅行。初めて訪れた南国の地、潮風が私の身体を吹き抜けた。
「暑いわねぇ……」
「東京と全然違うな……海が綺麗だ」
沖縄で真っ黒い服は何だか暑そうに見える……太陽も眩しいけど、幸人の笑顔も眩しい……
「乾杯!」
チンッ……
海が見えるレストラン。私たちはワインで乾杯した。
ゴク……ゴク……
「ふぅ……」
火照った身体に濃厚なワインが響く。彼は酔いが回っているのかな?レストランに入った途端急に静かになった。
「今日は、一生忘れないくらいの思い出を作ろうと思ってんだ。だから全部君に合わせるよ」
相変わらず彼は私任せね。特にデートは……でも沖縄に着いてから『楽しみにしてて』と言ってくれた。なになに!?まさかサプライズでもあるのかな!?でも本当に、黒い幸人と青い海がなぜか合う!食事を終えて一緒に歩いているときも、頬にキスをしたくなる……けど身長差で届かないからまたおあずけ!
ザザー……
「じゃーん!見て、新しい水着!」
「おお!めっちゃ綺麗だ!美しい……」
「今日は海のクレオパトラになっちゃうわ!ほら幸人も着替えてこっち来なよ!」
彼は砂浜に座り込んでいて着替えようとしない。まさか……
「もしかして、怖いの?」
「そんなわけないだろ……!」
「じゃあ何?水着持ってきてないなら靴脱いで足だけ入ろうよ?」
「俺はいいよ。美しい澪をここから撮ってるから」
「やっぱり怖いの?」
「違う。海はしょっぱいからだ……」
子どもみたいなこと言って……でも美しい姿をしっかりと撮ってくれるみたい。
ザザー……
「キャッ冷たい……!幸人ー!」
「……?」
ニコッ……
「フン……」
ニコッ……
「澪こっち向いて!撮るぞー」
「えっ?可愛いの撮ってね!」
「可愛くしか写んないよ」
パシャ……パシャ……
「いいの撮れた?」
「バッチリだ!」
やっぱり幸人も一緒に入ってほしいな……あれ?何この桜のような貝殻?綺麗……
「ねえ幸人!こっち来て!綺麗な貝殻あるよ?」
「ええっ?いや、こっち持ってきてよ?」
「そうじゃなくて、貝殻がいっぱいあるの!」
「しょうがないな……」
彼はようやく靴を脱いだ。けど何で足を入れるだけでそんなに怖がるのかな?まさか泳げないとか?
「ほら見て!」
「おお……確かに桜っぽいな?」
「下見てみ?貝殻いっぱい落ちてるよ」
「……?」
油断したわね……!
「えいっ!」
「わっ……!?」
バシャン……
「冷てっ……!って、何すんだよ……服びっちょだよ……」
「ハハハ……尻もちついちゃった!」
「ったく……やったなぁ……お返しだ!」
バシャッ……!
「キャッ……私も仕返しだ!」
バシャッ……!
怖がっていたけど大丈夫じゃん?後で聞いた話だけど、彼は海洋恐怖症みたいで泳げないわけではない。
「あっ……そうだ!ちょっと俺のケータイ持っててくれないか?」
「いいよ。一緒に写真撮る?」
「うん。それも、こうやってね」
ふわ……
「お姫様抱っこね?」
「そう!落とすなよ?」
「落とすわけないでしょ?じゃあ撮るね。はいチーズ!」
パシャ……
最高の1枚が撮れたわ!王子様に守られるお姫様みたい!
その日の夜。
「綺麗ね……」
「夜景が君とマッチしているよ」
今私たちがいる場所は瀬長島ウミカジテラス。綺麗な夜景と夜の海が見える。私たちはワインを飲みながら余韻とラブトークを楽しむ。
ゴク……
「ねえ幸人?」
「……?」
「私、あなたに会えて本当によかったと思う……あなたがいなかったら、今頃……」
橘に支配されていたと思う……今悪いことを考えるのは邪道だけど、幸人との出会いは私の人生そのものを変えてくれた。そして私の存在も、彼の人生を変えていった。彼の何が変わったかと言えば、前より明るくなったことかな!
「まあ、思い出してしまうのはしょうがない……それは誰だってある」
「……」
トンッ……
彼が取り出したのはグラスと原液のカルピス。
トクトク……
「カルピス?」
「飲みたいかなと思って買っておいたんだ。ちゃんと、5倍に薄めて飲むのが美味いからな……」
原液のカルピスがミネラルウォーターで薄められる。
「ほら……これ飲んで落ち着いて」
ゴクゴク……
「カルピスって、薄めて初めて飲めるんだね……あなたみたい……」
カルピスは濃すぎると飲めないし、愛は濃すぎると苦くて飲み込めない。幸人という存在が、濃縮された愛を希釈し、彼を愛するようになった。
「そうだ……君には俺がいる。それに、俺には君というクレオパトラがいる。だからさ……」
カタッ……
彼が椅子から立つと、急に向かい合って片膝をつく。
「幸人、それってまさか……」
「そのまさかだ……」
パカッ……
満月の夜に輝くのは、静かな光を放つ婚約指輪だった……
「俺はこれから先も、ずっと君を愛していく……」
「幸人……!」
「君が安心して帰れる場所でありたい。俺と……結婚してください……!」
嘘でしょ……!嬉しすぎて倒れそう……私は深呼吸をした。
「はい……こちらこそお願いします……!」
「澪……!ありがとう」
「私の方こそありがとう……愛してるわ……!」
チュ……チュ……
私、夢野澪は結婚します!幸人、私は世界一愛してるわ!
「夢野さん、今日もお疲れ様!新しい商品の資料いつになりそうかな?」
「もうできています!こちらご確認お願いします」
「おっ!さすが早くて助かるよ!」
私が開発している新商品は顔用の保湿クリーム。夜用の保湿クリームと言えばわかりやすいかな。
「この前の日焼け止めはAQUASTYLEだったけど、今回はどんな名前にするんだ?」
今回は私の自信作だからこそ、名前はきちんとしたものをつけたい。
「この名前は、『幸人』にしようと思っています」
「『幸人』!?あっ……それピッタリだな!」
やっぱり社長ならわかってくれると思った!コンセプトは、『夜の保湿をサポート。肌の余白に菌を寄せつけない』ことかな。キャッチコピーは、『お肌の余白に、5倍に薄めた潤いを』でいいかな?濃いだけじゃ肌が荒れちゃうしね……
「夢野さん……」
「はい?」
「ちょっと社長室来てくれないかな?」
「わかりました!」
カツ……カツ……
「失礼します……」
山本さん、社長になってから少し雰囲気が変わったな?話し方と元からの性格は変わっていないけど……私は社長と向かい合うように座る。
「夢野さんの働きぶりと活躍は、社員の皆が評価している。君が戻ってきてくれて本当によかったと思っている……」
「はい……」
「そこでな、君に提案があるんだ」
ドキドキ……
「何でしょう……?」
「是非君に、営業部の主任を任せたいと思うんだ……」
「主任ですか……!?ですが私、まだ復職したばかりで……!」
「君を主任として迎え入れることは皆と話し合っていたんだ。だから頼む……もちろん俺たちもサポートする!」
社長が直々に頭を下げる。そこまで懇願されたらさすがに断れない……
「わかりました……期待に応えられるかわかりませんが……」
「別に誰かの期待に応えなくていいんだ。君が期待する結果に到達できるように、君は頑張ればいいんだよ」
「社長……!ありがとうございます」
「俺からもありがとう。これからもよろしくな!」
今日から営業部主任、夢野澪!これからも私の社会人人生は続くんだ!
一方。
「静かな人気を集める喫茶店『余白』。今日はその魅力に迫ります!早速入ってみましょう!」
カランカラン……
「いらっしゃいませ!」
「あっ!オーナーさんがいらっしゃいました」
「こんにちは!」
「はい!こちら先日三ツ星を獲得した余白のオーナー、鏡幸人さんです!早速よろしいでしょうか?」
テレビのインタビューを受けるのは私の恋人――鏡幸人よ!1年経って渋さが少し増したイケメンになった。
「三ツ星獲得おめでとうございます!お店の名前である余白なんですが、由来はありますか?」
「そうですねぇ……誰かの心を癒す場所でありたい。心の余白を用意したいという願いでしたね」
「シンプルながら深いんですねぇ……」
本人は望んでいなかったらしいけど、今はテレビで紹介されるほどの人気を集めたみたい。私が言ったら自慢になるかもしれないけど、人気の秘訣は『家に帰ったときのような安心する味』、『いつまでも食べたい優しい味』。あとは幸人の人柄だね!
「ありがとうございました!以上、喫茶店『余白』からお届けしました!」
彼は少し困ったように笑っていた。渋さが増しても顔に出やすいわね……
「俺はいつでも、安心して帰って来られる場所を用意します……」
サッ……
彼は静かに一礼をした。
その頃。
俺と拳を交えた橘優真は、湾岸矯正センターに収容されていた。その罪は重かったが、残された社員たちの社会復帰を手伝ったこと、全ての罪を認めたことで懲役14年を言い渡された。
「橘……手紙だ」
「手紙……誰から?」
「余白って書かれてるぞ。港の喫茶店のことか?」
「余白……」
手紙の差出人は俺だ。かれこれ1年間やり取りしている。もちろん澪には内緒だ……
――元気か?
俺は相変わらず忙しい毎日だよ。予想外なことに三ツ星まで取るし、澪は主任になって大慌てだったよ。
あんたがどう過ごしているかは知らない。けど、有意義に過ごしているって、信じているよ。
多分、出たらまた俺と喧嘩しようと思って鍛えてんじゃないのか?まあ運動はしっかりやっておけ!あと、体力をつけるためにちゃんと食べろよ?
あんたがきちんと罪を償って帰るのを待っているよ。
鏡幸人――
ポタ……ポタ……
「どうしたんだ?」
「何でもない……」
相変わらず強がってんな?その強さをバネにして生きてほしい。俺はそう願うだけ。澪にとって優真は恐怖でしかない男だが、俺にとって母さんの恩人でもある。今は許されないかもしれない。それでも、しっかりと償えばやり直せるって、俺は信じている。
「あんたには帰る場所があるのかもな」
「……そうかもな」
「またな……」
コツ……コツ……
「フン……マヌケ善人が……!」
それから1週間。
カランカラン……
「いらっしゃいませ!ああ美月さん!すぐお席用意しますね!」
「こんにちは!」
来店したのは相澤美月さんだ。そして娘の海咲ちゃん。海咲ちゃんは中学1年生になっていた。
カタカタ……
美月さんは優真が残したつながりで障害者就労支援センターで働いている。
「三ツ星おめでとう!」
「いえ!皆様の支えがあったおかげですよ!」
「実は私も報告があって……」
報告?まさか再婚かな?
「実は私、再婚するんですよ!」
「再婚ですか!?」
本当に再婚だった。1年前まで男性に対してかなりの恐怖を抱えていた彼女が、まさかの再婚。
「私とママにも優しくて、幸人さんにちょっと似てるかも!」
俺は美月さんがまた一歩前に進んだことへの安堵と、同時に不安感もあった。
「写真とかないんですか?」
「この人!」
「どれですか?」
聞けば港区の病院で理学療法士を務める高瀬さん。美月さんより4歳年上らしい。確かに体格が似てるな……
「まっ、報告はこんなところかしら」
「おめでとうございます!是非幸せになってください」
「その前に、幸人さんからも幸せをいただこうかな?」
「そうですね……ではご注文何にしましょう。今ですと期間限定の春キャベツのロールキャベツがおすすめですよ」
「じゃあそれいただこうかしら。あと、『澪』ちょうだい!」
「私もロールキャベツ!飲み物は余白ベリーソーダ!」
「かしこまりました!」
俺は美月さんを助けたなんて大層なことは言えないが、壊れかけた頃の彼女を見た俺ならわかる。今、美月さんは本当に幸せなんだって!
念願叶ってできた沖縄旅行。初めて訪れた南国の地、潮風が私の身体を吹き抜けた。
「暑いわねぇ……」
「東京と全然違うな……海が綺麗だ」
沖縄で真っ黒い服は何だか暑そうに見える……太陽も眩しいけど、幸人の笑顔も眩しい……
「乾杯!」
チンッ……
海が見えるレストラン。私たちはワインで乾杯した。
ゴク……ゴク……
「ふぅ……」
火照った身体に濃厚なワインが響く。彼は酔いが回っているのかな?レストランに入った途端急に静かになった。
「今日は、一生忘れないくらいの思い出を作ろうと思ってんだ。だから全部君に合わせるよ」
相変わらず彼は私任せね。特にデートは……でも沖縄に着いてから『楽しみにしてて』と言ってくれた。なになに!?まさかサプライズでもあるのかな!?でも本当に、黒い幸人と青い海がなぜか合う!食事を終えて一緒に歩いているときも、頬にキスをしたくなる……けど身長差で届かないからまたおあずけ!
ザザー……
「じゃーん!見て、新しい水着!」
「おお!めっちゃ綺麗だ!美しい……」
「今日は海のクレオパトラになっちゃうわ!ほら幸人も着替えてこっち来なよ!」
彼は砂浜に座り込んでいて着替えようとしない。まさか……
「もしかして、怖いの?」
「そんなわけないだろ……!」
「じゃあ何?水着持ってきてないなら靴脱いで足だけ入ろうよ?」
「俺はいいよ。美しい澪をここから撮ってるから」
「やっぱり怖いの?」
「違う。海はしょっぱいからだ……」
子どもみたいなこと言って……でも美しい姿をしっかりと撮ってくれるみたい。
ザザー……
「キャッ冷たい……!幸人ー!」
「……?」
ニコッ……
「フン……」
ニコッ……
「澪こっち向いて!撮るぞー」
「えっ?可愛いの撮ってね!」
「可愛くしか写んないよ」
パシャ……パシャ……
「いいの撮れた?」
「バッチリだ!」
やっぱり幸人も一緒に入ってほしいな……あれ?何この桜のような貝殻?綺麗……
「ねえ幸人!こっち来て!綺麗な貝殻あるよ?」
「ええっ?いや、こっち持ってきてよ?」
「そうじゃなくて、貝殻がいっぱいあるの!」
「しょうがないな……」
彼はようやく靴を脱いだ。けど何で足を入れるだけでそんなに怖がるのかな?まさか泳げないとか?
「ほら見て!」
「おお……確かに桜っぽいな?」
「下見てみ?貝殻いっぱい落ちてるよ」
「……?」
油断したわね……!
「えいっ!」
「わっ……!?」
バシャン……
「冷てっ……!って、何すんだよ……服びっちょだよ……」
「ハハハ……尻もちついちゃった!」
「ったく……やったなぁ……お返しだ!」
バシャッ……!
「キャッ……私も仕返しだ!」
バシャッ……!
怖がっていたけど大丈夫じゃん?後で聞いた話だけど、彼は海洋恐怖症みたいで泳げないわけではない。
「あっ……そうだ!ちょっと俺のケータイ持っててくれないか?」
「いいよ。一緒に写真撮る?」
「うん。それも、こうやってね」
ふわ……
「お姫様抱っこね?」
「そう!落とすなよ?」
「落とすわけないでしょ?じゃあ撮るね。はいチーズ!」
パシャ……
最高の1枚が撮れたわ!王子様に守られるお姫様みたい!
その日の夜。
「綺麗ね……」
「夜景が君とマッチしているよ」
今私たちがいる場所は瀬長島ウミカジテラス。綺麗な夜景と夜の海が見える。私たちはワインを飲みながら余韻とラブトークを楽しむ。
ゴク……
「ねえ幸人?」
「……?」
「私、あなたに会えて本当によかったと思う……あなたがいなかったら、今頃……」
橘に支配されていたと思う……今悪いことを考えるのは邪道だけど、幸人との出会いは私の人生そのものを変えてくれた。そして私の存在も、彼の人生を変えていった。彼の何が変わったかと言えば、前より明るくなったことかな!
「まあ、思い出してしまうのはしょうがない……それは誰だってある」
「……」
トンッ……
彼が取り出したのはグラスと原液のカルピス。
トクトク……
「カルピス?」
「飲みたいかなと思って買っておいたんだ。ちゃんと、5倍に薄めて飲むのが美味いからな……」
原液のカルピスがミネラルウォーターで薄められる。
「ほら……これ飲んで落ち着いて」
ゴクゴク……
「カルピスって、薄めて初めて飲めるんだね……あなたみたい……」
カルピスは濃すぎると飲めないし、愛は濃すぎると苦くて飲み込めない。幸人という存在が、濃縮された愛を希釈し、彼を愛するようになった。
「そうだ……君には俺がいる。それに、俺には君というクレオパトラがいる。だからさ……」
カタッ……
彼が椅子から立つと、急に向かい合って片膝をつく。
「幸人、それってまさか……」
「そのまさかだ……」
パカッ……
満月の夜に輝くのは、静かな光を放つ婚約指輪だった……
「俺はこれから先も、ずっと君を愛していく……」
「幸人……!」
「君が安心して帰れる場所でありたい。俺と……結婚してください……!」
嘘でしょ……!嬉しすぎて倒れそう……私は深呼吸をした。
「はい……こちらこそお願いします……!」
「澪……!ありがとう」
「私の方こそありがとう……愛してるわ……!」
チュ……チュ……
私、夢野澪は結婚します!幸人、私は世界一愛してるわ!