あの人が来ると、空気が変わる―正論では、人は動かない―

■第2話 みんなで決めた”って本当ですか?

小学校の教室。

机が後ろに下げられ、中央に大きな輪ができている。

「じゃあ、このあと二時間使って、親子で何をするか決めたいと思います」

山口先生の声に、教室が少しざわつく。

「何かいい案ある方いますか?」

その一言で――

空気が決まった。

「はい」

一番に手を挙げたのは、黒田里奈だった。

「せっかくなので、チーム対抗のレクリエーションとかどうですか?」

「いいですね!」

すぐに別の声が続く。

「準備も簡単な方がいいですよね」

「時間も限られてますし」

どんどん話が進んでいく。

――早い。

結城美咲は、その流れを見ながら、言葉を飲み込んだ。

(私も、ちょっと思ったことあったけど…)

でも、口を開くタイミングがない。

周りを見ると、

同じように黙っている母親たち。

その中に、佐藤真由の姿もあった。

視線だけが、少し泳いでいる。

「じゃあそれで決まりでいいですか?」

山口先生が言う。

「異論ないですよね?」

――言えるわけない。

誰も何も言わない。

でも、それは「賛成」じゃない。

ただ、“言わないだけ”。

「じゃあ、決定で」

その時だった。

「ちょっといい?」

聞き覚えのある声。

振り向くと、教室の後ろに、あの女性が立っていた。

ラフな服装で、どこか場違いなのに、不思議と浮いていない。

「……え?」

誰かが小さく声を漏らす。

女性はゆっくり歩いて、輪の外側に立つ。

「今のさ、“みんなで決めた”ってことになってるけど」

教室の空気が、少しだけ張り詰める。

「ほんとに?」

誰も答えない。

「意見言った人と、言ってない人、どっちが多い?」

ドキッとする。

美咲は、思わず周りを見た。

――言ってない人の方が、明らかに多い。

「でもさ」

女性は続ける。

「言ってない人も“考えてない”わけじゃないよね」

その一言で、

さっきまで黙っていた母親たちの表情が、少しだけ動いた。

真由も、はっとしたように顔を上げる。

「言えてないだけ」

静かに、言い切る。

「で、その状態で決めるとどうなるか」

少し間を置く。

「やらされてる感じになる」

――あ。

美咲の胸の奥で、何かが引っかかった。

「楽しくないよね」

誰も否定しない。

黒田も、少しだけ表情を変えた。

女性は軽く笑った。

「じゃあどうするか」

みんなが、自然と彼女を見る。

「一人一個でいいから、“これなら楽しめそう”ってやつ出してみて」

「……え?」

「時間かかってもいいじゃん。二時間あるんでしょ?」

女性は山口先生の方を見る。

山口先生は少し戸惑いながらも、

「…そうですね」

と小さくうなずいた。

「全部出してから、選べばいい」

シンプルだった。

でも、それまでの流れとは全く違う。

「じゃあ…」

ぽつり、と声が上がる。

「私は、みんなでお菓子作るのもいいかなって…」

真由だった。

少し遠慮がちに、でも確かに言葉にした。

「外で体動かすのもいいかも…」

別の母親が続く。

「クイズ大会とかも楽しそうじゃない?」

子どもたちも、少しずつ口を挟み始める。

「それいい!」
「やりたい!」

さっきまで黙っていた人たちが、話し出す。

気づけば、

教室はさっきよりもずっと、にぎやかで。

ずっと、“同じ方向”を見ている感じがした。

美咲は、その様子を見ながら思う。

――あぁ、これだ。

「決められた」んじゃない。

「一緒に決めてる」

女性は、その空気を一度だけ見渡して、

ふっと微笑んだ。

「ね?」

その一言だけ残して、

いつの間にか、姿は消えていた。
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