あの人が来ると、空気が変わる―正論では、人は動かない―

■第5話 嫌われたくないから、言えなかった

昼下がり。

スマホの画面を、何度も見返す。

ママ友グループのLINE。

既読はついている。

でも――

返信がない。

(どうしよう…)

美咲は、さっき送ったメッセージをもう一度読み返した。

「もしよかったら、決まったこと簡単でいいので教えてもらえたら嬉しいです」

何回も考えて、やっと送った。

きつくならないように。
嫌な感じにならないように。

でも。

(変に思われたかな…)

(面倒くさいって思われたかも…)

胸の奥がざわつく。

「はぁ…」

スマホを置いても、気になる。

気にしないようにしようとしても、気になる。

その時だった。

「ちょっといい?」

顔を上げる。

そこに、あの女性が立っていた。

「……また来た」

思わず苦笑いがこぼれる。

女性は、スマホをちらっと見る。

「気にしてるね」

「…気にしますよ」

少しだけ拗ねたように言う。

「変に思われたくないし」

「嫌われたくない?」

核心を突かれて、言葉が止まる。

「……はい」

小さくうなずく。

女性は、少しだけ考えるように視線を落とした。

「ねえ」

ゆっくり顔を上げる。

「そのメッセージさ」

スマホを指さす。

「相手を困らせる内容?」

「え?」

思わず聞き返す。

「無理なお願いしてる?」

「…してないと思います」

「責めてる?」

「してないです」

「じゃあ」

一拍おく。

「何がダメなの?」

――あ。

言葉が、出てこない。

「“嫌われるかも”ってさ」

女性は続ける。

「相手の気持ち、想像してるようで、決めつけてること多いよ」

ドキッとする。

「本当はどう思ってるかなんて、分からないでしょ」

「……」

「でも、“嫌われたかも”って思った瞬間に」

少しだけ、優しく言う。

「自分で自分を否定してる」

胸が、ぎゅっとなる。

「ねえ」

女性は、少しだけ笑った。

「“嫌われないこと”と、“ちゃんと伝えること”って」

「どっちが大事?」

すぐには答えられない。

でも――

「……ちゃんと伝えること」

小さく、言葉が出る。

女性は、うなずいた。

「じゃあ、それでいいじゃん」

シンプルだった。

でも、それだけだった。

その時。

スマホが、ピコンと鳴る。

思わず画面を見る。

「ごめん!今見た!あとで送るね😊」

メッセージが届いていた。

――なんだ。

力が抜ける。

勝手に、不安になってただけ。

顔を上げると、

もう女性の姿はなかった。

でも。

さっきまでのざわつきは、消えていた。

スマホを持ち直して、

「ありがとうございます😊」

と、素直に返した。
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