友達以上恋人未満

忍び寄る闇

忍び寄る闇

龍太郎は、毎日のように白い軽自動車を探していた。
新聞配達を終えた帰り道。コンビニへ向かう途中。作業所の帰り。気づけば遠回りをしてでも、あの駐車場の前を通っていた。真子の車がある日は安心した。今日は生きている。今日はこの世界に存在している。そんな奇妙な安心感だった。逆に車が見当たらない日は、不安が身体中を這い回った。どこへ行った。
誰といる。もう来ないのか。そんな考えが頭の中を埋め尽くしていく。純子とのLINEも、少しずつ減っていった。
「最近、元気ないですね」
そう送られてきても、龍太郎は返信に困った。本当のことなど言えるはずがない。
“別の女性の車を毎日探しています”そんな言葉を書けるわけがなかった。夜になると眠れなかった。布団へ入ると、真子の笑い声が頭の中で反響する。西野カナの曲。デイケアの体育館。白い車。コンビニ。バナナミルク。記憶がバラバラに浮かび、頭の中で繋がっていく。そして龍太郎は、再び「意味」を探し始めた。
偶然ではない。これは運命だ。なぜ何度も会う。なぜ車を見つける。なぜ今さら再会した。スマホで検索する。ツインレイ、引き寄せ、魂の片割れ、検索するたび、自分に都合のいい言葉ばかりが目に入る。龍太郎の中で、現実と妄想の境界線が少しずつ曖昧になっていった。そしてある夜。窓の外に停まっている白い車が見えた気がした。カーテンを開ける。誰もいない。
それでも龍太郎には、真子が近くにいる気がした。
胸が激しく高鳴る。心臓が速い。呼吸が浅い。身体の奥から、あの嫌な感覚がゆっくりとせり上がってくる。十五年前。世界が壊れ始めた、あの時と同じ感覚だった。龍太郎は震える手で煙草に火をつけた。しかし、紫煙は真っ直ぐ上へ昇らず、ぐにゃりと歪んで見えた。その瞬間、龍太郎は悟った。
「ああ……また来る」
静かな部屋の中で、パソコンのカーソルだけが点滅していた。まるで、壊れていく龍太郎の心拍数のように。純子のLINEに、意味不明な語句が並び始めた。
「月が近い」
「数字が揃った」
「白い車が合図してる」
「全部つながった」
送信した直後、自分でも何を書いているのかわからなくなる。だが数分後には、「いや、これは重要な発見なんだ」と確信してしまう。頭の中だけが異常な速度で回転していた。眠れなかった。布団に入っても脳が止まらない。次々に言葉が浮かぶ。真子。純子。NHK。西野カナ。ツインレイ。白い軽自動車。バナナミルク。すべてが一本の線で繋がっていく感覚だった。午前三時。龍太郎は突然立ち上がり、ノートを開いた。
「これは小説じゃない」
「俺は選ばれている」
そう殴り書きする。心臓が異常に速い。身体は疲れているはずなのに、眠気だけが消えていた。窓の外を走る車のライトさえ、自分へのメッセージに見える。スマホが震えた気がした。確認すると通知はない。だが、確かに真子から呼ばれた気がした。龍太郎はカーテンを開けた。夜の駐車場に、白い軽自動車が停まっているように見えた。息が止まる。
「来てる……」
急いで外へ飛び出す。しかし駐車場には誰もいない。冷たい風だけが吹いていた。その瞬間、頭の奥で何かが弾けた。現実と想像の境界線が、音もなく崩れ始める。部屋へ戻ると、再び純子へLINEを送った。
「全部わかった」
「君も気づいてるだろ」
「真子は運命の暗号なんだ」
送信。数分後。純子から返信が来た。
「龍太郎さん、大丈夫ですか?」
その一文を見た瞬間、龍太郎の胸に激しい怒りと孤独が込み上げた。どうしてわからない。なぜ誰も気づかない。自分だけが真実に近づいているのに。机を叩く。缶コーヒーが倒れ、キーボードへ黒い液体が流れ込んだ。しかし龍太郎は拭こうともしない。パソコン画面のカーソルは点滅を続けている。それはまるで、「書け」と命令しているようだった。龍太郎は震える指で、新しいタイトルを打ち込む。
『ナンバープレートの女』
その文字を見た瞬間、不意に部屋の空気が歪んだ。天井が近づいてくる。耳鳴り。遠くで救急車の音がする。十五年前にも、同じ音を聞いた気がした。
「ああ……また始まる」
龍太郎は椅子から崩れ落ちた。暗闇の中、スマホだけが異様に白く光っていた。純子と食事の約束をした。何かがおかしい。しかし、龍太郎の思考を整えるのは不可能だった。
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