遅かれ、早かれ、恋になりまして。
メニューを開いたまま、私はぼんやりとページを眺める。トマトソースも美味しそうだし、クリーム系も捨てがたいし、期間限定の文字はやっぱり気になる。さっきまで仕事モードだった頭が、こういう小さな選択で簡単に揺らいでしまう自分に、少しだけ呆れる。
「で、今日は何にするの?」
佳奈子にそう聞かれて、私はやっと現実に引き戻される。
たった一皿のパスタすらすぐに決められないのに、明日のプレゼンなんて本当に大丈夫なのか。そんなことを一瞬だけ思って、私は小さく息を吐いた。
グラスに入った水を一口飲むと、冷たさが喉を通って、朝から張りついていた緊張が少しだけほどけた気がした。そのタイミングで、佳奈子がふと私の方に身を乗り出してくる。
「ヤヨ、ここ跳ねてる」
そう言って、私の前髪を指さした。
「……やっぱり、気づく?課長にも言われたの」
思い出した瞬間、またじわっと恥ずかしさが戻ってくる。朝のバタバタ、寝坊ギリギリの出社、走って駅まで行ったこと、全部がセットで蘇ってきて、私は思わず両手で頬杖をついた。
「そういえば……課長、結婚したよね~」
「そうだね~」
「反応うっす!もっとこう、“えっショック!”とかないの?」
「いや別に……人として尊敬はしてるけど、そういう目で見たことないしね」
すると佳奈子は「そお?」と意味ありげに目を細めた。
「経理部はみんなうっすら失恋してたわよ。私もね」
「え、でも佳奈子、彼氏いるじゃん」
「いるけど、それとこれとは別じゃない?」
さらっと言い切るあたりが佳奈子らしい。しかもその彼氏とは、もう6年近く付き合っている。大学時代からずっと続いているらしく、私は正直そっちの方がすごいと思っている。
6年って普通に人生の一部だ。私なんてそんな長く誰かと付き合ったことないし、そもそも最近まともな恋愛すらしていない。
だから私は課長の恋愛事情より、佳奈子がいつ結婚するのかの方がよっぽど気になっていた。