遅かれ、早かれ、恋になりまして。
「なんでよ?ときめくんでしょ?」
佳奈子は面白そうにニヤニヤしている。
「……でも、付き合いたいとかじゃないから」
「え~?」
「なんていうか……恋とかではない気がするんだよね」
私はペットボトルを両手で握りしめながら、小さく言葉を探す。
「付き合いたい、とか。触れたい、とか。そういうのじゃなくて」
浮かぶのは、ただ静かに立っている横顔とか、書類をめくる長い指とか、低い声とか。視界の端にいるだけで、なんとなく安心する感覚。
「ただ、見ていたいだけというか……」
自分で言っていても、変だと思う。なのに、それが一番近かった。
佳奈子は「うーん」と考え込むように首を傾げる。
だって本当に、気づけば探してしまうのだ。朝の電車でも、会議室でも、ロビーでも。あの静かな姿を、無意識に目で追ってしまうから。
「ヤヨ、私が言ったこと覚えてる?」
佳奈子は、ビシッと人差し指を立ててこちらを見た。
「ヤヨは、遅かれ早かれ、その人のこと好きになるって言ったこと!」
その言葉は、ちゃんと覚えている。あの時は笑って流したし、否定した自分の声まで、はっきり思い出せる。佳奈子はふっと肩をすくめると、少しだけ優しい声に戻した。
「まあ私は、相手が誰だろうがヤヨのこと応援するだけだからね」
”遅かれ早かれ、その人のこと好きになると思うよ”
佳奈子のその言葉が、頭の中でゆっくり反響する。まだ納得なんてしていない。なのに、完全には否定できない自分も確かにいる。
私はクッションを抱えたまま、小さく息を吐いた。
私は何も言えず、ただポカリのペットボトルを握りしめる。冷たいはずのそれが、なぜか少しだけ熱を持っている気がした。